不妊治療を経験した母親たちの“育児のリアル”をまとめた論文が深かった
「子どもが欲しい」
その思いで不妊治療を続け、ようやく授かった命。
きっと“幸せいっぱいの育児”が始まると思われがちですが、実際には、そこから新たな葛藤が始まることもあります。
今回は、
「不妊治療を受けた女性の育児期における体験」
を文献レビューで整理した研究を紹介します。
論文タイトルは、
「不妊治療を受けた女性の育児期における体験に関する文献的考察
―地域母子保健活動を担う保健師等による育児支援への示唆―」
島根大学などの研究者による2026年の論文です。
この研究、単に「育児が大変だった」で終わらないんですよね。
“やっと授かったからこその苦しさ”
が、かなり丁寧に描かれていました。
そもそも、なぜこの研究が必要だったの?
今、日本では不妊治療を受ける人が増えています。
背景には、
- 晩婚化・晩産化
- 保険適用の拡大
- 治療技術の進歩
などがあります。
実際、体外受精などによる出生数は、この10年で大きく増加。
でも一方で、
- 「妊娠するまで」の研究
- 「治療中の心理」の研究
は多いのに、
“出産後、育児をどう感じているのか”
については、意外なほど研究が少なかったそうです。
そこで研究者たちは、
不妊治療を経験した女性たちの「育児中の語り」を分析しました。
対象は46人の女性
対象となったのは、
不妊治療を受けて第一子を出産した女性たち。
- 体外受精
- 人工授精
- タイミング法
- 顕微授精
など、さまざまな治療経験者が含まれていました。
研究では、9本の面接研究を分析し、
母親たちの体験を整理。
その結果、6つの大きなテーマが見えてきました。
①「不妊治療を引きずって、必要以上に神経質になる」
これ、かなり印象的でした。
例えば、
- 黄疸が強い
- モロー反射がある
- 発達が少し気になる
そんな“よくある育児の不安”が、
「不妊治療のせいかもしれない」
につながってしまう。
「やっとできた子だから」がプレッシャーになる
論文では、
「ようやくできた子どもが、ちゃんと成長するか不安」
という語りが繰り返し出てきます。
不妊治療中、
ずっと
- 流産しないか
- 障害はないか
- 無事生まれるか
という不安を抱えてきた。
だから、出産後も安心できないんです。
これは支援者側が
「心配しすぎですよ」
で片付けちゃいけないテーマだと思いました。
②「不妊治療のおかげで家族になれた」
一方で、すごく前向きな感情もあります。
例えば、
「夫婦で不妊治療を乗り越えたことで絆が深まった」
「この子がいる今、子どものいない人生は考えられない」
という語り。
つらい治療経験を、
“家族になるために必要な時間だった”
と意味づけているんですね。
「頑張って授かった子」という特別な感覚
研究では、
「なんとなくできた子じゃない。本当に望んでできた子」
という言葉も紹介されています。
だからこそ、
喜びも深い。
でも同時に、
「絶対に失敗できない」
という重圧にもつながっていきます。
ここが本当に複雑。
③「思ってた育児と違う…」
これもリアルでした。
不妊治療中って、
どうしても
「妊娠・出産」がゴールになりやすい。
だから、
“子どもと暮らす生活”
のイメージが十分できていないことがあるそうです。
「こんなに自分の時間ないの!?」
論文では、
「ここまで自分の時間がなくなるとは思わなかった」
という声も。
さらに、
- 子どもが泣くとどうしていいかわからない
- 育児の正解がわからない
- 想像以上にしんどい
という戸惑いも多く語られていました。
「あんなに欲しかったのに、感情的になる自分」
かなり胸に刺さったのがここ。
「もっと過保護でもいいはずなのに、叩いてしまうこともある」
という語り。
“欲しかった子なのにイライラしてしまう”
このギャップに苦しむ母親は少なくないのかもしれません。
④「自分の手で育てたい」
不妊治療を経て授かった子だからこそ、
- 母乳に強くこだわる
- 他人に任せたくない
- 自分がやらなきゃと思う
という傾向も見られました。
実母のサポートすら苦しくなることも
印象的だったのは、
「実母に子どもを取られた気分になる」
という語り。
周囲は“助けよう”としている。
でも本人は、
「私が母親なんだから」
という気持ちが強い。
だから、支援が「侵食」に感じられてしまうこともあるんですね。
⑤ 少しずつ「満たされた生活」になっていく
もちろん、苦しさだけではありません。
時間が経つにつれて、
- 夫を頼れるようになる
- 友人に助けてもらえる
- 子どもの成長を純粋に喜べる
ようになっていきます。
「この子が生まれてきてくれて良かった」
子どもに
「よく生まれてきたね」
と話しかける母親の語りも紹介されていました。
不妊治療中は、
子どものいる友人を避けていた人が、
今度はその友人を頼れる存在だと感じる。
ここには、
“孤独からつながりへ”
という変化が見えます。
⑥ 「私は本当に母親なんだろうか」
最後のテーマが、とても深い。
論文では、
「本当に自分の子かなと思う」
という語りが紹介されています。
え?と思うかもしれません。
でもこれは、
愛情がないという意味ではない。
「母親になった実感」が追いつかない
長い不妊治療を経て、
ようやく授かった子。
でも現実感が追いつかない。
研究では、
- 不妊経験による自己否定感
- 「妊娠できない身体」という感覚
- 母親の役割への戸惑い
などが背景にあると考察されています。
そして多くの母親は、
子どもの世話をしながら、
少しずつ「親」になっていく。
これは、不妊治療経験の有無に関係なく、
すごく本質的な話だなと思いました。
この研究が伝えていること
この論文が伝えているのは、
「不妊治療をしたのだから幸せいっぱいのはず」
という単純な話ではない、ということ。
むしろ、
- 喜び
- 不安
- 愛情
- 怒り
- 罪悪感
- 安心
- 自信のなさ
全部が同時に存在している。
研究ではこれを、
同一の対象に対して、相反する感情(好き・嫌いなど)や態度を同時に抱く状態として、
「アンビバレント(両価的)」と表現しています。
支援者に求められること
論文では、保健師など支援者に対して、
- 妊娠期から育児をイメージできる支援
- 「不安」を否定せず聴くこと
- 完璧育児へのこだわりを理解すること
- 周囲に頼れるようサポートすること
の重要性が示されていました。
保育・子育て支援に関わる人へ
この研究、
保健師だけじゃなく、
- 保育士
- 子育て支援員
- 助産師
- 児童館職員
など、子育て支援に関わる人全員に関係ある内容だと思います。
例えば、
「ちょっと神経質なお母さん」
に見える背景に、
長い不妊治療の経験があるかもしれない。
「誰にも預けたがらない」
背景に、
“やっと授かった子”への強い責任感があるかもしれない。
そう考えると、
見え方が変わりますよね。
まとめ
不妊治療を経て親になることは、
“ゴール”ではなく、
そこから始まる新しい人生でもあります。
この論文は、
「授かったあとの心」
を丁寧に言語化してくれた研究でした。
子育て支援って、
正解を教えることじゃなくて、
「その人の背景ごと理解しようとすること」
なのかもしれません。



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