子どもの「主体性」について考えさせられる論文を読んだので、今日はその内容をブログ記事の形でまとめてみます。
この記事のポイント
- 大学の教員養成の授業で使われた、ある「事例シナリオ」の話
- 題材は、保育園で男の子が自分の髪の毛を切って「お店屋さん」を始めてしまうという映像
- 学生たちの多くは最初「危ない」「常識外れ」と感じるが、視点を変えると全く違う姿が見えてくる
- 「子どもの主体性を尊重する」というのは、頭で思っているほど簡単ではないという気づき
- 保育や子育てに関わる大人にとって、ハッとさせられる視点がたくさん詰まっている
三重大学の守山紗弥加先生と松本金矢先生が発表した論文で、教員を目指す大学生に向けた、ちょっとユニークな授業実践が紹介されていました。テーマは「子どもの主体性」です。
主体性を大事にしよう、という言葉は保育や教育の現場でもう当たり前のように使われています。私も長く保育園の運営に携わってきましたし、今の職場でも「子どもの主体性を尊重する」という言葉は毎日のように耳にします。でも、この論文を読んで、自分は本当にその言葉の意味を分かっていただろうかと、少し考え込んでしまいました。
きっかけは、一本のテレビ番組の映像
この授業で使われたのは、Eテレの子育て番組で放送された、ある保育園での一場面です。子どもたちがそれぞれ好きな遊びをしている中、「なおしげくん」という男の子が、隣で段ボールのレジスターを使ってお店屋さんごっこをしている女の子の横で、はさみを使って自分の髪の毛を切り始めます。そしてその髪の毛を「商品」として売ろうとするのです。
「なおしげの髪も買えま〜す」と呼びかけると、お客さん役の子どもが本当にやってきて、値段を聞いて、実際に「買う」というやりとりが成立してしまいます。
この場面を見た保育者は、頭ごなしに叱ることはせず、「わ〜結構切ったなぁ。もうその辺でやめときな」「青くんも自分で切ったことあるけど大変なことになったよ」と、自分の失敗談を交えながら、穏やかに声をかけて収めます。
学生たちの最初の反応は「これはまずい」
授業では、学生たちにまずこの映像を見せる前に「子ども主体の遊びとはどんなものか」を自分の言葉で書いてもらい、それから映像を見せて率直な感想を聞きます。
出てきた感想の多くは、次のようなものでした。
「衝撃的だった」「ハサミが危ない」「保護者に何て言われるか怖い」「自分の幼稚園時代にそんなことは思いもしなかった」
つまり、頭では「子どもの主体性を尊重しましょう」と言えても、実際に目の前で予想外の行動を見せられると、多くの人はまず「危ない」「止めなければ」という反応が先に立つ、ということです。これは決して特別なことではなく、私自身も現場に立っていたら同じように感じていたかもしれません。
視点を変えると、見えてくるものが違う
ここからがこの授業の面白いところです。先生は最初、専門家のコメントを紹介して終わる予定だったのですが、実践を重ねる中で、もう一段階、学生に問いかけを加えることにしました。それが「この遊びに関して、気づけたことをできるだけたくさん挙げてください」という問いです。
すると、学生たちの記述がぐっと変わってきます。
「怪我せずに自分の髪を切れたのは、意外と器用なのかもしれない」
「自分の身を削ってまで遊びに全力で取り組んでいる」
「これは自分で作ったものを売るという、社会活動の疑似体験になっている」
「彼は髪を売る行為そのものより、誰もやっていないアイデアを他人に認めてもらうことを楽しんでいたのではないか」
同じ映像を見ているのに、「危険性」という一つの物差しでしか見ていなかったところから、子どもの発想力や、友達とのやりとりの豊かさ、あそびとして成立している仕組みなど、いろいろな角度から捉え直せるようになっていくのです。
論文では、これを「観(かん)」という言葉で説明しています。私たちは知らず知らずのうちに、自分なりの「子どもとはこういうものだ」「教育とはこうあるべきだ」という考え方の枠組みを持っています。今回の授業は、その枠組みそのものを一度揺さぶってみる、という試みだったわけです。
「止める」ことと「尊重する」ことの間で
面白いのは、この気づきを得た後でも、学生の中には「他の子が真似する前に止められてよかった」という感想を持つ人もいれば、逆に「自分が止めることで、周りの子どもたちにも“止めるべきものだ”という考えを植え付けてしまうのではないか」と自戒する人もいたことです。
正解は一つではありません。この授業が目指していたのも、「こういう場合はこう対応すべき」というマニュアルを教えることではなく、答えのない問いに向き合い続ける姿勢そのものを育てることだったようです。
自分自身の子ども時代を思い出す、という視点
もう一つ印象的だったのは、学生の感想の中に「そういえば自分も子どもの頃、自分で髪を切ったことがあった」「あの頃はあんなに自由だったのに、いつの間にか物事をこういう目で見るようになってしまった」という気づきが多く見られたことです。
大人になるにつれて、私たちは「常識」や「べき論」を身につけていきます。それ自体は必要なことでもありますが、その分、子どもだった頃の自分が持っていた感覚から、少しずつ遠ざかっていくのかもしれません。
子どもの主体性を尊重するというのは、単に「見守る」「口を出さない」ということではなく、まず自分自身が子どもの世界をどう見ているか、その見方の癖に気づくところから始まるのだと、この論文を読んであらためて感じました。
うちの子どもたちも、下の子はまだ小学2年生で、突拍子もないことをよくやります。上の子は中学1年生になって、少しずつ大人びた行動が増えてきましたが、それでも時々「なんでそんなことを思いつくんだろう」ということをします。そのたびに、まず「危ないからやめて」と言ってしまいがちな自分に、ちょっと立ち止まる時間があってもいいのかもしれない、と思わされる論文でした。
