「無償の全日制幼稚園」の裏にあった、お金の事情 カナダの幼児教育政策から見えること

この記事のまとめ

  • オンタリオ州は2010年から4・5歳児向けの無償の全日制幼稚園(FDK)を段階的に導入し、2014年に州全域へ広げた。希望者が使う仕組みだが、対象家庭の9割以上が利用した
  • 目的は教育格差の是正と非認知能力の育成だったが、保育所不足への対応という側面も大きかった
  • 保育改革の財源は国(連邦政府)からの補助金に頼っていた。国の政権交代で補助金が打ち切られ、計画が頓挫した
  • 州政府は「保育」ではなく「教育」の枠に入れることで、安定した財源を確保しようとした
  • 背景には、保育などの仕事を押しつけられて苦しむ市町村と、それを引き取りたくない州政府との綱引きがあった
  • 結果として市町村の保育支出は減ったが、保育所の経営が悪化して閉鎖が相次ぐなど、予想外の負担も生まれた

良い政策の裏側を知りたくなった

4・5歳児が無償で通える全日制の幼稚園。親としては、聞くだけで羨ましい制度です。

私は元保育園の運営・採用担当で、いまは学びの多様化学校を運営する法人で働いています。中1と小2の子を持つ父親でもあります。保育の現場にいた頃から、制度の良し悪しは「理念」より「お金の出どころ」で決まることが多いと感じてきました。

今回読んだのは、帝京大学の関根未来先生による「カナダ・オンタリオ州における幼児教育・保育政策の財源問題」(立教経済学研究 第80巻第1号、2026年)です。カナダの無償幼稚園は、教育の面では高く評価されてきました。この論文は、なぜそれが「教育」として作られたのかを、お金の流れから読み解いています。

国が出すお金は、保育に使われなかった

カナダでは、教育も保育も担当するのは州です。ただ、2000年代初め、カナダの幼児教育・保育への公的支出はOECDの比較で調査対象14か国の最下位でした。

そこで国(連邦政府)は、州にお金を渡して改善を促します。しかし、そのお金は「使い道がかなり自由な」形で渡されました。州は保育に使わなくても許されたため、オンタリオ州では減税などに回されたと論文は書いています。

反省した国は2005年に、使い道を保育に限定する新しい協定を全州と結びます。質、誰でも使える普遍性、利用しやすさ、子どもの発達という4つの原則を掲げた本格的な改革でした。オンタリオ州も、保育所の増設や保育料の引き下げを盛り込んだ「ベストスタート計画」を立て、国からのお金を当てにして動き出します。

政権交代で、はしごを外された

ところが2006年の総選挙で政権が代わります。新しい保守党政権は、国が仕組みを作って州に渡す方式をやめ、5歳以下の子がいる全家庭に月100ドルを直接配る方式に切り替えました。州への保育向け補助金は打ち切られます。

オンタリオ州は、約3年で2万5,000人分の保育の受け皿を増やす計画でした。結果は、国の最後の補助金で約8,500人分を増やすにとどまります。州の保育予算も、2006年度に約22%削減されました。

州議会では、公約を果たせなかった責任を国になすりつけているという批判が続いたそうです。保育の財源を他人に預けていた結果の、あまりに脆い状況でした。

教育の枠に入れるという選択

行き詰まった州政府が選んだのが、4・5歳児の保育を全日制幼稚園という「教育」の仕組みに吸収する道でした。

教育には、州が安定して使える財源の枠と、予算を計算する決まった式があります。一方、保育は国の補助金が頼りで、使えるお金も不安定でした。州にとっては、教育として予算を組むほうがずっと確実だったわけです。

論文は、これは保育の問題を教育に「結びつけて」乗り切った、財政上の打開策だったと見ています。

市町村と州政府の押しつけ合い

もう一つの背景が、州と市町村の関係です。

1990年代、州は保育、公営住宅、公共交通などの仕事を市町村に移しました。ところが、市町村の主な自前の財源は固定資産税だけで、景気に応じて伸びる税収がありません。仕事は増えるのに財源が足りず、住民の税負担も重くなっていきました。トロント市長らは、仕事を州に戻してほしいと訴えます。

州にとって、仕事を戻すのは費用がかさむので避けたいところでした。そこで4・5歳の部分だけを教育に取り込めば、仕事全体を引き取らずに市町村の負担を減らせます。市町村も保育コストが下がります。論文はこれを、双方にとっての「財政的な妥協点」と表現しています。

負担が減ったはずなのに、新しい苦労が生まれた

ただし、話はここで終わりません。

4・5歳児の保育は、0〜3歳児より手がかからず、コストも低く済みます。そのため、保育所はその部分の収入で、人手のかかる乳幼児の保育を支えていた面がありました。4・5歳児が幼稚園へ移ると、保育所にはコストの高い0〜3歳児ばかりが残り、経営が苦しくなって閉鎖が相次ぎました。

市町村は、保育所への資金援助、放課後の預かりを担う事業者の認定や調整といった、新しい仕事と費用を抱えることになります。待機の列も、思ったほど改善しませんでした。

また、専門家が提案していたのは、学校を拠点に教育・保育・福祉・家族支援をまとめて届ける「シームレスな一日」という構想でした。州が実際に選んだのは、そのうち実現しやすい幼稚園の部分だけだったと論文は指摘しています。

読み終えて思ったこと

私が一番考えさせられたのは、制度が「何のために」作られたかと、「なぜその形になったか」は別だということです。

無償の全日制幼稚園は、子どもにも家庭にも確かに良い政策でした。同時に、その形は、財源の事情と行政どうしの綱引きの中で選ばれたものでもありました。そしてしわ寄せは、乳幼児を預かる保育所のような、現場の細い部分に出てしまいました。

日本でも、保育や教育の無償化、子ども関連の新しい制度が次々に出てきます。そのたびに、「誰が何のお金で支えるのか」「どこに負担が移るのか」を見ておくことは、親としても、現場に関わる人間としても大事だと感じました。

※本記事は、関根未来「カナダ・オンタリオ州における幼児教育・保育政策の財源問題―全日制幼稚園の導入を事例に―」(『立教経済学研究』第80巻第1号、2026年7月、pp.59–77)の内容をもとに、筆者の感想を加えてまとめたものです。詳しく知りたい方は、ぜひ原文をお読みください。

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