少子化がもたらす財政への影響と、見過ごせない「子どもの自殺」という現実

論文

この記事のまとめ

  • 日本は1994年の「エンゼルプラン」以来30年以上少子化対策を続けているが、出生率の回復にはつながっていない
  • 人口減少は税収の減少に直結し、社会保障や公共サービスの維持が難しくなるという構造的な問題がある
  • 未婚化・晩婚化、教育費の重さ、仕事と育児の両立の難しさが、結婚や出産をためらわせる主な要因になっている
  • 児童手当の拡充や男性の育休取得率の上昇など、この数年で制度面の改善は進んでいる
  • 一方で、小中高生の自殺者数は2年連続で過去最多を更新しており、著者は「防げたはずの死」が将来の税収にも影響することを試算という形で示している
  • 制度の充実だけでなく、子どもや若者が安心して相談できる環境づくりが、少子化対策と地続きの課題として求められている

先日、明星大学経済学研究紀要に掲載された安田満氏の論文「少子化による財政への影響対策の一考察」を読みました。保育や子育て支援の現場に長く関わってきた身として、そして今は学びの多様化学校の運営に携わる立場として、いろいろと考えさせられる内容だったので、今日はこの論文を紹介しながら、私なりに感じたことをまとめてみたいと思います。

少子化対策の30年間

日本の少子化対策は、実は思っているより長い歴史があります。1994年の「エンゼルプラン」に始まり、2003年の少子化社会対策基本法、2006年の「子ども・子育て応援プラン」、2010年の「子ども・子育てビジョン」、2013年の「少子化危機突破のための緊急対策」、そして2024年から始まった「異次元少子化対策」まで、政府はおよそ30年にわたって形を変えながら手を打ち続けてきました。

けれども論文が指摘する通り、これだけの取り組みを重ねても出生率の回復という結果にはまだつながっていません。人口はそのまま国や自治体の税収の土台なので、人口が減れば、増税をしない限り財源は先細りになります。生産年齢人口(15〜64歳)が減れば労働力不足が起き、地方では物流や医療、介護の担い手が足りなくなり、都市部への人口集中と地方の衰退という悪循環に陥る――この構造は、保育の現場にいた頃から感じていた「子どもが減っていく」という実感と、数字の上でもぴったり重なるものでした。

なぜ結婚や出産が減っているのか

論文では、1970年代後半からの女性の未婚率の急上昇と晩婚化が、出生率低下の大きな要因として挙げられています。国立社会保障・人口問題研究所の調査を見ると、「いずれ結婚するつもり」と答える18〜34歳の未婚者の割合は、2015年の調査より下がっています。結婚に対する意欲そのものが失われたわけではないようで、社会人になったばかりの20代では「早く結婚したい」と考える人の割合がむしろ高いというデータも紹介されていました。それでも実際には生涯未婚率が大きく上昇している背景には、教育費の重さ(0歳から22歳まででおよそ2,800万〜3,500万円ともいわれます)や、将来への経済的な不安があるとされています。

マッチングアプリの市場規模が数年で倍増しているというデータも印象的でした。かつての「職場結婚」や「お見合い」に代わる出会いの形が広がっている一方で、地方自治体が独自に婚活支援やAIマッチング、移住とセットの結婚支援に乗り出している事例も紹介されていて、それぞれの地域が知恵を絞っている様子がうかがえます。

制度は着実に前進している

これは保育の仕事をしていた頃から感じていたことですが、この10年ほどで子育て支援の制度は確実に手厚くなっています。論文によれば、児童手当は所得制限が撤廃され、支給対象が高校生まで延長されました。3人の子どもがいる世帯では、総額で1,000万円を超える給付になる計算だそうです。出産育児一時金も42万円から50万円に引き上げられ、産後ケアの利用料減免なども進んでいます。

男性の育児休業取得率も、2015年にはわずか2.7%だったのが、2024年には40.5%まで伸びています。産後パパ育休の制度が整い、育休中の給付が手取り実質100%相当まで引き上げられたことも後押しになっているようです。ただ同時に、育休取得を理由に不利益な扱いを受けたという労働局への相談件数は年々増えていて、2024年度は5,317件と過去最多になっています。制度が整っても、職場の理解がまだ追いついていない現実もあるのだと感じました。

見過ごせない、子どもたちの自殺者数の増加

この論文でもっとも心に残ったのは、少子化と子どもの自殺を結びつけて論じている部分です。小中高生の自殺者数は2022年に514人と過去最多を記録し、2023年、2024年も高止まりが続き、直近ではさらに数を更新しているという厚生労働省の統計が紹介されています。原因や動機は年代によって傾向が異なり、小学生では家庭問題、中学生では学校問題、高校生の男子は学業不振や進路の悩み、女子は健康問題の割合が高いとされています。

著者はここで、もしこの子どもたちが成人し、平均的な年収で働いていたとしたら、どれだけの所得税・住民税を納めていたはずかを試算しています。年によって幅はありますが、所得税でおよそ年間27億〜30億円、住民税でおよそ37億〜42億円という規模になるという計算です。もちろんこれは単純化された仮定の上の数字ですが、この試算の意図は「税収の損失を悼め」ということではなく、失われた命の重さを、私たちが実感しやすい形に置き換えて見せているのだと私は受け止めました。

妊産婦の自殺についても触れられていて、産後1年以内の妊産婦の死因のうち自殺が最も多いという指摘や、育児と仕事の板挟みで「父親の産後うつ」が見過ごされがちだという指摘もありました。子育て支援というと、どうしても手当や制度の話に目が向きがちですが、支援を受ける側の心の状態にまで目を配る必要があるのだと、あらためて考えさせられました。

学びの多様化学校の現場から思うこと

今の職場は、学びの多様化学校――いわゆる不登校特例校です。この論文を読みながら、日々出会う子どもたちの顔が何人も浮かびました。学校に行きづらさを感じている子どもたちの多くは、「誰にも相談できなかった」「気づいてもらえなかった」という経験を抱えています。論文の最後で著者が触れているように、児童生徒が一人で抱え込まず、想いを打ち明けられる雰囲気をつくること、そして早期に変化に気づける環境を整えることは、まさに私たちの現場が日々向き合っている課題そのものです。

少子化対策というと、結婚支援や児童手当のような「産み育てる前」の話に注目が集まりがちですが、すでに生まれてきた子どもたちが安心して育っていける環境をどう守るかも、同じくらい大切な少子化対策なのだと、この論文はあらためて教えてくれました。制度の充実と、一人ひとりの子どもや若者に向き合う地道な支援と、その両方が揃ってはじめて、社会は少しずつ変わっていくのだろうと思います。

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