今日の記事のポイント
- 軽井沢風越幼稚園・小学校では、カリキュラムを「子どもの経験の総体」と捉え、日々の実践の記録を積み重ねて教育課程をつくる「足跡カリキュラム」という手法がとられている
- 幼稚園年長の1年間と小学1年生の1年間、あわせて2年間分の月別指導計画と実践記録(ドキュメンテーション)をもとに、幼小接続期の教育課程を編成している
- 幼稚園期は「自然・季節」「あそび」「暮らし」、小学校期はそこに「学び」を加えた視点で活動を分類し、「わくわくどきどき」「身体感覚を通した知的喜び」「豊かな暮らしを受け継ぐ力」「人や動物と共生する力」という4つの柱を導き出している
- 作成した指導計画は、他園の保育者や保護者アンケートなど複数の立場から評価を受け、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」10項目との整合性が確認された
- 一人の実践者による記録という限界はありつつも、幼稚園と小学校の教員が子どもの育ちを継続して見守り、語り合うことの意義が示された
保育や教育の現場に長く関わっていると、「幼小接続」という言葉に何度となく出会います。私自身、保育園の運営に携わっていた頃から、卒園した子どもたちが小学校でどう過ごしているのか、逆に小学校側は入学してくる子どもたちをどう受け止めているのか、その間にある溝のようなものをずっと気にかけてきました。今の職場である学びの多様化学校の運営法人に来てからも、就学前の育ちと学校での学びをどうつなぐかは、変わらず大きなテーマです。
そんな問題意識から目に留まったのが、軽井沢風越学園で幼稚園教諭を務める奥野千夏さんの研究です。軽井沢風越学園は、幼稚園から義務教育学校までが同じ敷地内にある、いわゆる「混在校」。この研究では、その環境を活かして幼稚園年長の1年間と小学1年生の1年間、合計2年間にわたる実践の記録から、幼小接続期のカリキュラムを編成する試みがまとめられています。
カリキュラムは「計画書」ではなく「子どもの経験の総体」
まず印象的だったのは、カリキュラムの捉え方そのものです。軽井沢風越学園では、カリキュラムを教師があらかじめ書いた指導計画としてではなく、「子どもの経験の総体」として定義しています。教室での授業だけでなく、森やライブラリー、ラボといった環境との関わり、異年齢の子ども同士の関係、日々のスタッフとのやり取り、たっぷりある昼休みの遊びまで、すべてが子どもにとってのカリキュラムだという考え方です。
これは、保育の世界で以前からある「保育カリキュラムは、計画と実践の総体を表す言葉である」という捉え方とも重なります。計画を先に固めてしまうと教師主導になったり活動が型どおりになったりする一方で、計画がなさすぎると実践の見通しが持てず、積み重ねてきたものを次につなげにくい。このジレンマは、保育・教育の現場で誰もが一度はぶつかる悩みではないでしょうか。奥野さんは、まさにこのジレンマに向き合いながら、日々の実践を記録し、そこからカリキュラムを立ち上げるという手法をとりました。
実践の「足跡」からカリキュラムをつくる
具体的な進め方はこうです。2023年度、奥野さんは幼稚園の年長児担任として、子どもたちと過ごす中で起きた出来事や活動を、月ごとの指導計画とドキュメンテーション(実践記録)というかたちで残していきました。そして2024年度、そのまま小学1年生の副担任となり、同じように1年生の4月から3月までの記録を積み重ねていきます。
この2年分、合わせて24か月分の記録を並べてみると、子どもたちの姿や活動の様子から自然といくつかの時期に分けられることが見えてきたそうです。幼稚園期は「出会い・ドキドキ期」「やりたい・のびのび期」「表現・じっくり深まる期」「チャレンジ・世界を広げる期」というように、子どもの育ちのリズムに沿った名前がつけられています。
そのうえで、軽井沢風越幼稚園が大切にしている「自然・季節」「あそび」「暮らし」という3つの視点で活動を分類し、教育課程の骨子として次の4つの柱が整理されました。
- 身近な出来事に感動し、主体的に動き出す「わくわくどきどき」する心
- 自然の中で五感を働かせ、身体感覚を通して知的な喜びを感じる力
- 受け継がれてきた知恵を、豊かな暮らしとして実践していく力
- 人だけでなく動物も含めた他者と関わり、共生していこうとする力
小学1年生になってからの接続期後期では、これに「学び」という視点が加わります。幼稚園から小学校に上がることで、子どもたちは時間割で区切られた生活や、学習方法・内容の変化に直面します。同じ敷地・校舎で職員同士の交流も日常的に行われている環境であっても、戸惑いやつまずきは起きるものだということが、率直に記録されている点も印象的でした。
記録は誰のためのものか ― 複数の目で確かめる
奥野さんの研究がもう一つ丁寧だと感じたのは、自分がつくった指導計画を、自分一人の視点で「良し」としなかったところです。他園の保育者に実際の保育を参観してもらい、観察記録シートを用いて、先ほどの4つの柱や「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」10項目に照らして子どもの姿を評価してもらっています。また、2021年度から軽井沢風越幼稚園で3年間を過ごし、そのまま小学部に内部進学した家庭に対してもアンケート調査を実施し、「学園を選んだ理由」「幼稚園3年間での育ちの実感」「小学生になってからの変化」を自由記述で尋ねています。
保護者の声からは、わが子の入学に対する期待と不安が入り混じった率直な思いが読み取れたとされています。就学を控えた保護者の気持ちに寄り添う視点は、保育・教育に携わる者として、あらためて大切にしたいところです。
こうして集めた指導計画は、参観者や幼稚園教諭、小学校教諭にも「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」10項目で評価してもらい、文部科学省が示す資質・能力の育成という観点との整合性も確認されています。一人の実践者の記録が、複数の目を通すことで、より確からしいものへと磨かれていく過程がよく分かる構成になっていました。
一人の実践から、チームの財産へ
研究の終わりで、奥野さんは今回の取り組みがあくまで自分個人の研究であることを認めたうえで、今後は学年ごとの足跡を職員みんなで経年で積み重ね、チームとして磨き上げていくことへの期待を語っています。幼稚園と小学校の職員が、子どもの姿を継続して見守り、成長を語り合えたことが、両者の相互理解にもつながったという振り返りも印象的でした。ただし、これが特定の年度・特定の担任の組み合わせだからこそ実現したことなのか、仕組みとして続けていけるものなのかは、今後の課題として残されています。
現場としての実感
自分の施設に置き換えて考えると、学びの多様化学校のように、それまでの学校生活でつまずきを経験してきた子どもたちを受け入れる場では、なおのこと「その子がどんな道のりを歩んできたか」という足跡そのものが、支援の土台になるのだと感じます。指導計画を先に決めて子どもを当てはめるのではなく、日々の子どもの姿を記録し、それを後から意味づけてカリキュラムとして編み直していく。この順番の発想は、幼小接続に限らず、多様な学びの場づくりにも通じるヒントだと思いました。
計画と記録、どちらか一方に偏るのではなく、実践の足跡を丁寧にたどりながら、そのつど立ち止まって編み直していく。そんな地道な積み重ねの大切さを、あらためて教えられる研究でした。
