この記事のポイント
- 「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」の中でも、「道徳性・規範意識の芽生え」は内容が抽象的で、現場での捉え方が園によってバラバラになりがちなテーマ
- 鹿児島大学の假屋園昭彦先生らの研究グループが、道徳性・規範意識を10項目の具体的な行動に分解し、31名の保育教諭への調査をもとに「何歳頃から何ができるようになるか」を可視化した
- ルールの理解、集団遊びでのイメージ共有、協調行動、助け合い行動など、項目ごとに発達の順序や年齢差がはっきり見えてくる
- 共通して見えてきたのは「理由の理解より先に、まず行動できることを優先する」「保育教諭が一緒に行動して手本を示す」という2つの支援の方向性
- 保育教諭が自分自身の経験から気づいた「効果的だったやり方」を積み上げてきた研究であるという点も、現場目線で読む価値がある
保育の世界には、「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」という10の指標があります。健康な心と体、自立心、協同性…どれも保育教諭であれば日々意識している項目だと思いますが、その中で毎回「これでいいのだろうか」と悩ましく感じてきたのが「道徳性・規範意識の芽生え」ではないでしょうか。
私自身、保育園の運営に携わっていた頃も、そして今、学びの多様化学校の運営に関わるようになってからも、この項目だけはどこか輪郭がぼやけたまま扱われている印象がありました。「思いやりのある子に育ってほしい」「ルールを守れる子になってほしい」という願いは誰もが持っているのに、では具体的に幼児のどんな言動を見て「育った」と判断すればいいのか、日々の保育でどんな声かけをすればその育ちを後押しできるのか——そこが曖昧なまま、園ごと、担任ごとの感覚に委ねられてしまっているように感じていたのです。
そんなモヤモヤに正面から向き合ってくれる研究に出会ったので、今日はその内容をご紹介したいと思います。鹿児島大学の假屋園昭彦先生と、川辺幼稚園園長でもある三木隆朋先生による共同研究で、道徳性・規範意識を育てる保育方法の開発を目指したものです。
抽象的な概念を、10項目の「見える行動」に分解する
この研究のいちばんの功績は、「道徳性」「規範意識」というふわっとした言葉を、観察可能な具体的行動にまで落とし込んだところにあると思います。
研究チームは、ルールの共有、集団場面でのルールとイメージの共有、協調行動、助け合い(共助)行動、けんかを避けるための調整行動、けんか後の修復行動、我慢して順番を待つ満足遅延行動、仲間に入りたいときの仲間入り行動、貸し借り行動、そして人にお願いや依頼をする行動という、合わせて10のカテゴリーを設定しました。それぞれのカテゴリーには、さらに細かい下位項目が用意されています。たとえば「ルールの共有」であれば、園にルールがあることをわかっているか、ルールを守れているかどうかの違いがわかるか、破ってしまったときに反省できるか、そもそもなぜそのルールが必要なのかを理解しているか、といった具合です。
こうして行動レベルにまで具体化することで、「うちのクラスの子はできているか、まだ難しいか」を現場の先生方が自分の目で確かめられるようになります。理念だけを掲げるのではなく、明日からの保育で「今、この子はどの段階にいるか」を見取れる物差しを用意した、という点にこの研究の意義があります。
31名の保育教諭が答えた「実際の育ちの順番」
研究チームは、鹿児島県南九州市にある2つの幼保連携型認定こども園に勤務する31名の保育教諭を対象に、この10項目の行動が3歳児・4歳児・5歳児のそれぞれで、どのくらいの割合で見られるかを尋ねる調査を行いました。「できないことが多い」「時々できる」「完全にできる」の3段階で回答してもらう形式です。
結果を見ていくと、発達の順序が驚くほどはっきりと浮かび上がってきます。たとえば「ルールの共有」については、園にルールがあることを理解したり、ルールを守ろうとする意識を持ったりすることは3歳の段階からすでに芽生え始めているのに対し、「なぜこのルールが必要なのか」という理由の理解は4歳頃までかかることが示されました。つまり、子どもたちはルールの意味を頭で理解する前に、まず「守るものだ」という感覚を先に身につけているということです。
集団でのルールやイメージの共有についても、興味深い違いが見えてきます。複数人で遊ぶときのルールの共有は3歳児でもある程度可能になる一方、同じ遊びの中でイメージ(役割や世界観)を共有することは、もう少し発達を待つ必要があり、4歳になるとほぼ可能になっていくという結果でした。ルールは体の動きとして目に見えやすいのに対し、イメージは頭の中の作業なので、共有するにはより高度な力が必要になる、という説明は非常に腑に落ちるものでした。
協調行動に関しては、5歳児になると自分から役割を見つけて動いたり、友達と話し合って役割分担をしたりする姿がはっきり増えてくることが示されています。3歳児の段階では保育教諭が役割を割り振ってあげれば協力できるけれど、自分たちで役割を考え出すのはまだ難しい。ここにも「他律から自律へ」という育ちの道筋がきれいに表れています。
助け合い行動についても同様に、3歳児は「困っている子がいる」ことに気づいて大人に知らせることはできても、自分でどう助けたらよいかまではまだわからない段階にあり、4歳児になると困っている子を連れてきて大人に知らせられるようになり、5歳児になると自分たちの力で「どうする?」と話し合って解決しようとする姿が見られる、という段階的な変化が報告されています。
現場の先生たちが実感していた「効くやり方」
この研究のもうひとつの特徴は、数値データだけでなく、保育教諭自身がどんな保育の工夫が効果的だったと感じているかを自由記述で集めているところです。個々の保育教諭が経験の中で培ってきた「なんとなくこうするとうまくいく」という実践知を、きちんと言語化して積み上げようとする姿勢に好感を持ちました。
その中から見えてきた大きな方向性が2つあります。
ひとつは、「理由を頭で理解させることより先に、まず行動として経験させること」を優先するという考え方です。ルールを日常のルーティンとして繰り返し経験させると、3歳児でもルールに沿って動けるようになっていく。逆に、なぜそうしなければいけないのかを最初に説明で納得させようとしても、なかなかうまくいかない。まず体で覚え、行動を積み重ねる中で、あとから理由への理解がついてくるという順番です。これは私たちが子どもの「なぜ?」に一生懸命理屈で答えようとしてしまいがちなことへの、とても実践的な示唆だと感じました。
もうひとつは、保育教諭が子どもと一緒に行動し、いわば「お手本」として振る舞うことの大切さです。困っている友達を助ける場面で保育教諭自身が援助行動を見せる、あるいは活動を始める前にイラストや完成図を見せてイメージを共有する、といった工夫が繰り返し報告されていました。子どもは大人や年上の子の振る舞いを見て、それを取り込みながら自分の行動として身につけていく。助け合いの行動が育つ背景には、こうした「見て学ぶ」「してもらったことを、今度は誰かにしてあげる」という循環があるのではないか、という考察も印象的でした。
読んでみて感じたこと
この研究を読んで改めて感じたのは、「道徳性・規範意識」という言葉の重さに対して、実際の育ちはとても具体的で、日々の小さな行動の積み重ねの中にあるということです。難しい理屈を教え込む前に、まずルールのある生活を繰り返し経験させること。そして保育教諭自身が「一緒にやってみせる」存在であり続けること。この2つは、保育の現場だけでなく、学びの多様化学校のような場でも、子どもたちとの関わり方を考えるうえで大きなヒントになると感じています。
論文は前編(Ⅰ)とのことで、後編(Ⅱ)ではさらに残りの項目についての実態と考察が続くようです。続編が発表され次第、またこちらでご紹介したいと思います。
