親の「子ども時代のつらい体験」は、子どもにどう影響するのか。カギは「自分の気持ちに気づく力」だった

論文

この記事のまとめ

  • 2〜4歳の子どもを持つ母親1,000人へのアンケート調査(2026年10月に公開された論文)を紹介します
  • 18歳までに何らかの逆境体験(虐待、ネグレクト、家庭内の困難など)があった母親は36.2%、約3人に1人でした
  • 多かったのは「実の親との別離」(14.6%)、「心理的虐待」(13.1%)、「心理的ネグレクト」(11.0%)でした
  • 母親の逆境体験が多いほど、子どもの情緒面、行動面、落ち着きのなさ、友だち関係で「困りごと」が多めに報告される傾向がありました
  • その関連の一部は、母親の「自分の気持ちに気づき、言葉にする力」を通じたものだと示唆されました
  • 一方で、「相手の気持ちを想像する力」は、逆境体験があっても影響を受けていませんでした
  • ただし関連はどれも小さく、因果関係までは言えません。「逆境体験があると子育てがうまくいかない」という話ではありません

「子ども時代の逆境」が、いま子育てしている世代に残すもの

保育の現場にいた頃も、いま学びの多様化学校の運営法人にいる立場でも、子どもを支える大人の心の状態が、子どもの毎日にそのまま響くことを実感します。

今回紹介するのは、「ストレス科学研究」に掲載された岐阜大学などの研究チームの論文です。テーマは、母親自身が子ども時代に経験した逆境と、いまの子どもの様子の関係です。

論文では、18歳になる前の次のような体験を「小児期逆境体験(ACEs)」と呼んでいます。

  • 心理的・身体的・性的な虐待
  • ネグレクト(適切な世話や関心を向けてもらえないこと)
  • 実の親との別離
  • 母親への家庭内暴力
  • 家族の依存症、精神疾患、収監

調査では、1つ以上の逆境体験がある母親が36.2%でした。3人に1人以上という数字は、「特別な人の話」ではないことを物語っています。研究チームは、他の日本の調査結果と比べても妥当な値だと述べています。

内訳で多かったのは実の親との別離、心理的虐待、心理的ネグレクトでした。殴る蹴るといった目に見える暴力より、「心への傷つき」や「関心を向けてもらえなかった経験」のほうが多いのが日本の特徴だそうです。

注目されたのは「自分の気持ちがわかる力」

この研究が着目したのは、メンタライゼーションという力です。難しい言葉ですが、「自分や相手の心の中で何が起きているのかを想像して理解する力」のことです。

「あの子が泣いているのは、眠いからかな、不安だからかな」と考えるのは、相手の心を想像する力です。「いま自分はイライラしているけれど、本当は疲れて余裕がないんだな」と気づくのは、自分の心を理解する力です。

論文では、この力を3つに分けて調べています。

  1. 自分の気持ちに気づき、言葉にする力
  2. 相手の気持ちを読み取る力
  3. 人の心を理解することへの関心

結果として、母親の逆境体験と関係があったのは、1つ目の「自分の気持ちに気づく力」だけでした。逆境体験が多いほど、「気が動転すると、悲しいのか怒っているのかわからなくなる」「自分の本当の感情に気づくと困惑する」といった傾向が強まっていたのです。

一方、相手の気持ちを読み取る力や、人の心への関心は、逆境体験があっても下がっていませんでした。つらい経験をした人が他者の痛みに敏感になることがあるという別の研究とも、方向性が合っています。

母親の気持ちが見えにくいと、子どもの「困りごと」が目につきやすくなる

研究では、母親の「自分の気持ちに気づく力」が低いほど、子どもの次の4つの面で困りごとが多めに報告されていました。

  • 気持ちの不安定さ、不安(情緒の問題)
  • かんしゃくや反抗など(行為の問題)
  • 落ち着きのなさ、注意の続きにくさ
  • 友だちとの関係の難しさ

つまり、「母親の逆境体験 → 自分の気持ちに気づきにくい → 子どもの困りごとが増える」という流れが一部で見られたということです。

なぜそうなるのかを、論文は理論的な解釈として次のように説明しています。逆境的な環境で育つと、自分の気持ちやニーズに周りから関心を向けてもらう機会が少なく、自分の感情をつかむ練習が足りなくなる場合があります。すると子育て中に、自分の感情と子どもの感情を切り分けるのが難しくなります。子どもがぐずったとき、「この子が不快なんだ」と受け止めて落ち着かせることと、「自分がしんどい」という感情の区別がつきにくくなるのです。

ただし、著者らも書いているとおり、このしくみが直接確かめられたわけではありません。

数字を冷静に読む

大事な点なので、慎重に書きます。

関連はどれも小さいものでした。 母親の「自分の気持ちに気づく力」を通じた影響の大きさは、統計上は有意でも、ごく小さな値です。逆境体験があれば子どもに問題が出る、といった話ではまったくありません。

因果関係は言えません。 一度きりのアンケートなので、「何が何を引き起こしたか」まではわかりません。

評価は母親の目を通したものです。 子どもの様子も、母親自身の回答です。母親の心の状態によって、子どもの困りごとが目につきやすくなっている可能性もあります。たとえば、疲れていると子どもの行動がより「困ったこと」に見えるようなことです。

他の要因は入っていません。 母親の心の健康、育児のストレス、家庭の経済状況、子ども自身の気質や睡眠なども影響するはずですが、今回は含まれていません。

もうひとつ、父親の私としては、調査対象が母親だけであることも気になりました。父親や、祖父母、里親など、さまざまな養育者にも同じことが言えるのか、今後の研究が待たれます。

私たち周りの大人にできること

この研究は、「逆境を経験した親をどう責めるか」ではなく、「どう支えるか」を考える材料として読みたいと思います。

著者らは、母親が「自分の気持ちに気づき、受け止め、意味づけ直す」ことを助けるかかわりが支援になる可能性を挙げています。子どもへのかかわり方を教える前に、親自身の気持ちが大切にされる時間が必要だ、ということです。

保育園でも学校でも、親御さんと話すときには、つい「お子さんのために」の話が中心になります。でも親御さんが「今日はどんな気持ちで過ごしていますか」と聞いてもらえるだけで、少し肩の力が抜けることがあります。話を聴いてもらえた経験は、自分の気持ちに気づくきっかけにもなります。

子どもを支えるには、まず親が支えられることが大切です。そして親も、完璧でなくていい。自分の気持ちがわからない日があっても、それはあなたのせいではありません。


論文情報
板倉憲政・森川夏乃・狐塚貴博・高山桃香「母親の小児期逆境体験とメンタライゼーションおよび子どもの問題との関連」『ストレス科学研究』(J-STAGE早期公開、2026年10月10日)

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