この記事のまとめ
- 岡山県立大学の研究チームが、ベビーカーの後輪を車椅子のように「ハの字」に傾ける(キャンバー角をつける)と、押す人の負担がどう変わるかを実験した
- 後輪を15°傾けると、曲がるときに押す人が加える回す力が、赤ちゃん役の重さ4kgで約17%、14kgで約19%減った
- 車体の左右の揺れも、傾けるほど小さくなった
- 腕の筋肉の活動量そのものは、ほとんど変わらなかった
- それでも、参加者の「押しやすい」「曲がりやすい」「手首や腕がラク」という感想は、すべての項目で良くなった
- 実験は若い健康な大人10人が、屋内の平らな床で行ったもの。実際の街で同じ効果が出るかは、これからの課題
ベビーカーを押す「腕」は意外としんどい
ベビーカーを押していた頃を思い出すと、疲れるのは足よりも手首や前腕だった気がします。実はこれは研究でも報告されているそうで、ベビーカーを使うときの疲れや違和感は、下半身より上半身、とくに手首から前腕に多く出るのだといいます。
歩道には段差や傾き、狭い道がつきものです。そういう場所では、押す人の疲れや「危ない」という感覚がはっきり増えることもわかっています。ベビーカーの軽量化や折りたたみやすさの研究は進んできましたが、「押す人の体への負担」を正面から調べた研究は、まだ多くありません。
ヒントは車椅子にあった

そこで研究チームが目をつけたのが、車椅子、とくに競技用車椅子です。競技用車椅子の車輪は、上から見ると逆さまの「ハ」の字のように、下が開いて斜めについています。この傾きがキャンバー角です。
車輪を傾けると、曲がりやすくなり、左右にもぐらつきにくくなることが車椅子の世界ではよく知られています。同じく「人が手で押して方向を決める乗り物」であるベビーカーで試した研究は、ほとんどありませんでした。
どんな実験をしたのか
実験は次のように行われました。
- 参加者は健康な大学生など10人(平均22歳)
- ベビーカーの後輪に専用の取り付け部品をつけ、0°、5°、10°、15°の4通りに傾けた
- 赤ちゃん役は、4kgの人形と、座面の下に重りを足して合計14kgにした場合の2通り
- 平らな床に置いた4つのコーンの間を、ジグザグ(スラローム)に押して進む
- ハンドルにかかる力、車体の動き、腕の筋肉の活動、終わったあとの感想をそれぞれ測った
わかったこと
曲がるときの力が2割近く減った
いちばん大きな変化は、曲がるときに押す人が加える「回す力」です。後輪を15°傾けると、傾けない場合に比べて、4kgで約17%、14kgで約19%小さくなりました。傾きを大きくするほど、きれいに力が減っていきました。
これは、傾いたタイヤが自然に曲がる方向へ進もうとする性質を持つため、その分を車体が手伝ってくれたからだと研究チームは考えています。さらに、傾けるとタイヤの間隔が広がって安定するので、細かい進路修正が減ったことも理由として挙げています。
車体の横揺れが小さくなった
左右にグラグラ揺れる動きも、傾きが大きいほど小さくなりました。とくに15°では、ほかの条件より明らかに揺れが少なくなっています。
おもしろいのは、「どれだけ速く曲がったか」「どれだけ回ったか」は傾けても変わらなかったことです。曲がれなくなるわけでも、曲がりすぎるわけでもなく、同じように曲がりながら、揺れと押す力だけが減ったことになります。
筋肉の活動は、ほぼ変わらなかった
意外だったのは、腕の筋肉の働きでした。筋肉の活動量を大きく左右したのは、傾きではなく赤ちゃんの重さです。14kgのほうが明らかに筋肉を使っていました。傾きの効果がはっきり出たのは、右腕の手首を曲げる筋肉だけでした。実験の参加者は全員右利きなので、右手が主役になっていたからではないかと考えられています。
それでも「ラクだった」と感じた
感想のアンケートでは、「操作しやすい」「安定している」「曲がりやすい」「手首や前腕に負担がない」「軽く感じる」「全体に満足」のすべてが、傾きを大きくするほど良くなりました。
筋肉の数字は変わらないのに、感じ方は良くなる。これは研究チームも、「負担の感じ方は筋肉の働きだけでは決まらない」と説明しています。揺れが少なく、安定していて、姿勢を直す必要が減ると、同じ筋肉の使い方でも「ラクだ」と感じられるのだろう、ということです。
「これを買えばラクになる」という話ではない
ここは冷静に読んでおきたいところです。研究チームも、次のような限界を認めています。
- 参加者は若くて健康な人たちで、実際のベビーカー利用者である保護者とは体格や筋力が違う
- 実験は屋内の平らな床で行われ、段差や坂道のある実際の道ではまだ試していない
- 使われたのは大きめのゴムタイヤのベビーカーで、一般的な小さな樹脂タイヤのものとは性質が違うかもしれない
- 試したのは15°までなので、「何度がベストか」までは決められない
また、傾けられるのはこの研究のために作った専用の部品によるもので、いま店で買えるベビーカーの話ではありません。「こんな設計の工夫が、押す人の負担を減らすヒントになるかもしれない」という入り口の研究だと受け止めるのがよさそうです。
読んでみて思ったこと
保育の現場にいた頃から、「子育ての大変さ」は気合いや根性で語られがちだと感じていました。けれど、この研究のように、道具の形をほんの少し変えるだけで、押す人の負担が数字として減る可能性があるのは心強いことです。
ベビーカーを押す時間は、親にとって毎日の中で意外と長いものです。その一歩一歩が少しでもラクになる工夫が、これから増えていくといいなと思います。
参考文献
大田慎一郎, 杉本大輝「後輪キャンバー角がベビーカー旋回操作時の力学特性および操作者身体負担に及ぼす影響」『人間工学』Vol.62, No.4(2026), pp.204-213


