「押したら跡が残る」「こすったら色が変わる」。しかけ絵本で南部鉄器の職人技を伝える研究

論文

この記事のまとめ

  • 札幌市立大学大学院の研究で、岩手の伝統工芸・南部鉄器の「鉄瓶づくり」を、しかけ絵本で幼児に伝える試みが紹介されています。
  • 前作の絵本を保育園で試したところ、子どもたちは仕掛けを夢中で触る一方、「動かしても何が起きたのかわからない」場面がありました。
  • 一方で、触ると反応が返ってくる仕掛けでは、子どもが「もようをおしている」と、作業の意味まで言葉にしていました。
  • そこで今回は「手を動かすこと」と「その結果が目に見えること」を同時に起こす新しい仕掛けを3つ考案しています。
  • この考え方は南部鉄器だけでなく、体験の機会が少ない伝統工芸全般に使えるそうです。

子どもは触る。でも「わかった」とは限らない

伝統工芸の世界は、需要の減少や後継者不足に悩んでいます。幼児が実際に体験するとなると、道具の危険性や設備の問題でほとんど無理です。南部鉄器も同じで、幼児が知る手段は絵本や動画くらいに限られます。ただ、絵本や動画は「見る・聞く」ばかりで、職人さんの手の動きを自分の体で感じることはできません。

そこで研究者が目をつけたのが、触って動かせる「しかけ絵本」です。画面の中の出来事を眺めるのではなく、自分の手で動かして変化を起こせるので、幼児の学びに向いているというわけです。

この研究の出発点は、筆者が前に作った絵本『つくってみよう!なんぶてっき』を保育園で子どもたちに見せた観察でした。子どもたちは仕掛けを作者の想定どおりに操作し、手応えのある仕掛けは何度も繰り返し触っていたそうです。

ところが、子どもたちの発言を細かく見ると面白い違いがありました。ただ動かすだけの仕掛けでは、「ひらく」「動く」といった、仕掛けの構造そのものに注目した言葉が多く出ます。一方、触った直後に絵の側が変化する仕掛けでは、「もようをおしている」のように、いま自分がやっている作業の意味にまで踏み込んだ言葉が出てきたのです。

「動かしている」と「仕事をしている」は別物で、その差を生むのは「やったことの結果が、その場で見えるかどうか」らしい。これが今回の研究の出発点です。

3つの工程で、手の動きと結果をつなぐ

南部鉄瓶づくりは、型づくりから着色、完成まで10ほどの工程があります。この論文では、前作で「動かしても変化が見えなかった」3つの工程を作り直しています。

① 型をつくる工程(木型を回す)
前作では、木型をくるくる回せるだけでした。今回は、回す動きに合わせて絵柄が少しずつ切り替わる仕掛けを使います。型の表面の粘土の色や質感が変わっていくので、「回すと鋳型ができていく」様子が目の前で見えます。

② 模様をつける工程(霰=あられ押し)
鉄瓶の表面に並ぶ、小さな粒々の模様をつける作業です。工房見学でわかったのは、職人さんは道具を型に対して垂直に押し込み、その正確さが模様の美しさを左右するということでした。前作は平らな構造だったため、この「まっすぐ押す」動きが再現できていませんでした。

そこで今回は、飛び出す絵本の仕組みで型を立体的に立ち上げます。さらに、押した部分に低反発のクッション素材を使うことで、押した跡がしばらく残るようにしました。押すと跡がつき、跡が模様に見える。手の動きと結果が、ちゃんとつながります。

③ 色をつける工程(着色)
前作では、鉄瓶の表面をこするだけで、色は何も変わりませんでした。今回は、こすった摩擦熱で色が変わるインクを使います。鉄色で印刷した絵の上にこのインクを重ね、こすると黒く変わっていく仕組みです。「こする」と「色がつく」が、そのまま同時に起こります。

保育の現場にいた身として思うこと

私は長く保育園の運営に関わってきました。子どもが夢中になって何かを触っている姿は、本当によく見ました。ただ、「夢中=理解している」とは限りません。大人が「楽しそうだからOK」と思っていても、子どもの頭の中では「これ、何が起きてるの?」のまま止まっていることもあります。

この研究が教えてくれるのは、子どもの「なぜ?」に言葉で答える前に、体験そのものに答えを組み込んでおくという発想です。言葉での説明が難しい年齢ほど、手の感覚と目に見える変化が同時に届くことが大切なのだと思います。

いまは学びの多様化学校の運営法人で働いていて、「体験を通してわかる」ことの力を実感する場面も多くあります。教え方を工夫するだけでなく、「やったことが返ってくる」環境をどうつくるか。これは絵本に限らず、家庭でも学校でも使える視点ではないでしょうか。

これからの課題

今回紹介されたのは、あくまで設計の段階です。今後は実際に試作品をつくり、「読者(子ども)」「職人」「仕掛けの構造」の3つの視点で効果を確かめていくそうです。職人さんに「この動きは本物の手仕事にどれくらい近いか」を確認する点も、面白い取り組みだと思います。

絵本で伝統工芸に触れた経験が、いつか本物の工房を訪れるきっかけになる。そんな未来につながるといいなと思いながら、続報を楽しみにしています。


参考:小原千宥・小林重人「身体動作の再現と因果関係の連動に基づくしかけ絵本の制作―南部鉄器職人の手仕事を対象として」日本デザイン学会 第73回春季研究発表大会(札幌市立大学大学院デザイン研究科)

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