今日は少し毛色を変えて、中学校の国語教育に関する研究レポートをご紹介したいと思います。保育の現場を離れてしばらく経ちますが、「子どもがどうすれば自分から学ぼうとするのか」というテーマは、保育でも学校教育でも本質的には同じだと感じています。今回取り上げるのは、文学作品の「語り手」に着目した授業づくりについての実践研究です。
まとめ
- 学力の差が大きいクラスでも、全員が主体的に考えられる授業をどう作るかがテーマ
- 文学作品を読み解く鍵となる「語り手」という概念に着目した授業を構想
- スモールステップでの活動や、安心して発言できる雰囲気づくりが効果を発揮
- 時間配分の難しさなど、計画通りにいかない現実的な課題も
- 「語り手」に注目する読み方は、物事と少し距離を置いて捉える力にもつながる
きっかけは「できる子」と「できない子」の差
この研究をまとめたのは、非常勤講師として徳島市内の中学校に勤務していた大学院生の方です。担当していたクラスは学力の幅が大きく、本文をもとにじっくり考える発問をすると、自分の考えをしっかりまとめられる生徒がいる一方で、一文字も書けないまま時間が過ぎてしまう生徒もいたそうです。
保育の現場でも、同じ月齢のクラスの中で発達のスピードや興味の向き方が全然違う、ということはよくありますよね。一斉に同じ声かけをしても、響く子と響かない子がいる。この研究の出発点は、まさにそうした「一人ひとりの違い」をどう授業の中で活かすか、という問いだったようです。
そこで重要視されたのが、先生から生徒への一方通行ではなく、生徒同士が教え合い、学び合う形の授業でした。教える側の生徒は説明することで理解が深まり、教わる側の生徒も、先生が来てくれるのを待つ時間が減って集中力を保ちやすくなる。双方にとってメリットがあるというわけです。
なぜ「語り手」なのか
数ある国語の単元の中で、なぜ文学、しかも「語り手」という概念に焦点が当てられたのでしょうか。文法や漢字のように「覚える」ことが中心の単元と違い、文学は本文に基づいた解釈である限り、生徒それぞれの意見が受け止められやすい単元だと筆者は考えています。正解が一つに定まらないからこそ、いろいろな子が発言しやすい、ということですね。
ただし「語り手」という概念そのものは、実はかなり難しいものです。一人称の語り手は自分のことを語る立場上、都合よく出来事を隠してしまうこともある。中学校の国語では一人称と三人称の違いを明確に教える構成になっている一方で、語り手以外の登場人物の視点からも作品を見る力を養うことも重視されているそうです。そして「語り手」は小説だけでなく詩にも存在し、詩の場合は語り手が作者自身を素材にしている点が大きな違いになる、という指摘も興味深いところでした。
授業を重ねる中で見えてきた工夫と課題
この研究のおもしろいところは、いきなり本題の授業を組み立てるのではなく、それ以前に行った別の単元の授業実践を振り返り、そこから得た知見を活かしている点です。
たとえば「熟語の読み方」の授業では、活動を細かく区切ってスモールステップで進めたことで、苦手意識のある生徒も班の仲間と相談しながら取り組めるようになり、普段あまり発表しない生徒も意欲を見せたといいます。また、間違えても丁寧に声をかけることで、何度も挑戦してみようという雰囲気が教室に生まれたそうです。これは保育の現場での「失敗しても大丈夫」という空気づくりにも通じるものがありますね。
一方で課題も正直に振り返られています。指導案通りに進めようとするあまり、生徒がつまずいた場面でも予定を優先してしまい、結果的に最後は駆け足になってしまったとのこと。生徒の様子を見ながら、時にはブレーキをかけたり順番を入れ替えたりする柔軟さが必要だったと反省点として挙げられています。
もう一つの実践、「大阿蘇」という詩の授業では、「パラパラと」と「濡々と」という似た言葉の印象の違いを生徒に問いかけることで、想像を膨らませやすくなったという成果があった一方、「濡れそぼって」など難しい語句の説明が不十分なまま朗読の活動に進んでしまったという反省もありました。朗読は自分が感じ取ったことを表現する活動なので、言葉の意味が曖昧なままでは生徒自身も工夫のしようがない、という指摘はもっともだと感じます。
「少年の日の思い出」での授業構想
これらの反省を踏まえて構想されたのが、教科書でおなじみの「少年の日の思い出」を教材にした、語り手に着目する授業です。朗読記号を使って本文を読みやすくする工夫や、グループ活動の手順やルールを教室前方に掲示しておくことで生徒が見通しを持って参加できるようにする工夫、さらに他者の発表の良かったところをメモする活動を取り入れることで、人の話を聞く姿勢や他人の良さを見つける習慣を育てる狙いも盛り込まれています。
読んでみて感じたこと
この研究のまとめで印象的だったのは、「語り手」に着目する読み方が、物語に没入しすぎず、時には距離を置いて捉え直す力につながる、という視点です。そしてそれは物語だけの話ではなく、実生活で触れる情報にも当てはまると筆者は述べています。子どもたちがこれから社会に出て、様々な情報や人と関わっていく中で、少し距離を取って吟味してから受け取る姿勢は、まさに生きる力そのものだと思います。
保育の現場でも、絵本の読み聞かせひとつとっても「誰の視点で語られているお話なのか」を意識するだけで、子どもたちの受け取り方や感想の引き出し方が変わってくるかもしれません。学力差があるクラスをどう一つにまとめていくか、という悩みは、年齢を問わず教育に携わる人にとって共通のテーマなのだと、改めて感じさせられる研究でした。
