「保育者1人あたりの子どもの数」、現場はどう感じているのか ―― ある修士論文を読んで

論文

この記事のポイント

  • 桜花学園大学大学院・鈴木捺津美さんの修士論文(2023年度)を紹介
  • テーマは「保育者1人あたりの子どもの数」を保育者自身がどう捉えているか
  • 同じ法人内の大規模園・中規模園・小規模園で、園長・主任・中堅保育者9名にインタビュー
  • 9名全員が「今より少ない人数比率」を望んでいた
  • 園の規模が小さいほど「質を追求する余裕」が生まれやすいが、時期や状況によって変動する
  • 園長・主任・中堅保育者それぞれで、悩みの質が違う
  • 中堅保育者の「子どものためなら」という思いが、現場の踏ん張りを支えている

保育園の運営に長く関わってきた身として、「配置基準」という言葉を聞くと、どうしても身構えてしまいます。国が定める「保育者1人に対して子ども何人まで」というあの基準です。現場にいた頃も、この数字に頭を悩ませない日はありませんでした。今回、桜花学園大学大学院の鈴木捺津美さんが書かれた修士論文「『保育者1人あたりの子どもの数』を保育者はどのように捉えているのか」を読んで、当時の感覚がよみがえってきたので、自分なりの視点も交えながらご紹介したいと思います。

なぜ今、この研究なのか

配置基準というのは、いわば保育の「構造の質」を支える土台のようなものです。OECDの整理でも、保育室の広さや職員配置といった目に見える条件は「構造の質」と呼ばれ、保育の質を語るうえで欠かせない要素とされています。ただ、この論文が指摘しているのは、その基準自体に、子どもの育ちという観点からの明確な根拠が乏しいという点です。しかも日本の配置基準は、他国と比べて緩やか、つまり保育者1人が見る子どもの数が多い方だとも言われています。

数字だけ見ればシンプルな話に思えますが、実際に子どもたちと向き合っている保育者や、園を運営している立場の人たちが、この数字をどう感じ、どう受け止めているのかは、これまであまり明らかにされてきませんでした。だからこそ、現場の声を丁寧に拾い上げようとしたこの研究には、運営に携わった経験がある自分としても強く共感するところがありました。

どうやって調べたのか

研究はまず予備調査として、保育士や園長経験者、市役所の保育課職員、養成校の教員など、さまざまな立場の人にインタビューを行っています。ここでは、配置基準どおりの人数で保育をすると保育者は「困難感」を抱きやすい一方で、単に子どもの数を減らせば質の高い保育ができるとは限らず、保育者自身の考え方や姿勢のほうが大きく影響する、という見方が示されました。

その後の本調査では、同じ法人の中にある大規模園・中規模園・小規模園から、園長・主任保育者・中堅保育者、合わせて9名に半構造化インタビューを実施しています。園長や主任には配置基準の影響やクラスサイズが保育に与える違いなどを、中堅保育者にはそれに加えて「自分が理想とする1人あたりの子どもの数」なども尋ね、語られた内容をSCATという手法で丁寧に分析しています。

全員が「もっと少なくしてほしい」と感じていた

結果としてまず印象的だったのは、インタビューした9名全員が、今の配置基準よりも「保育者1人あたりの子どもの数」が少なくなることを望んでいたという点です。これは正直、驚きというより「やっぱりそうだよな」という納得感の方が大きかったです。

園長たちは、今の基準の中で保育を回すために、職員同士が助け合いながら何とか成り立たせている実感を持っていました。質を追い求める前に、まず目の前の保育を安全に回すことで精一杯、という状況です。しかも、その感じ方は園の規模によって違いがありました。大きな園ほど「質を追求する余裕」がなくなり、最低限の質を保つのが精一杯になる一方、小さな園ほど質を追求する意識が芽生えやすい傾向が見られたそうです。ただし、これは常に一定ではなく、時期や子どもたちの様子によって、小規模園であっても最低限の維持で精一杯になる場面があることも分かっています。

立場によって、見えている景色が違う

面白いのは、園長・主任・中堅保育者で、語られる内容の「温度感」がそれぞれ違っていたことです。

主任保育者は、園長よりも現場に近い立場から、大人の都合を優先せざるを得ないほど忙しい場面や、1歳児と2歳児で基準が同じであることへの違和感など、より具体的なエピソードを語っていました。人数比率自体は満たされていても、子どもの数が多いだけで大変さは増す、という肌感覚も示されています。運営側にいた立場からすると、この「主任だからこそ見える現場のリアル」には強くうなずかされました。

一方、中堅保育者は、単純な人数の問題だけでなく、クラスの特性や特別な支援が必要な子どもの有無など、子どもたち一人ひとりの違いが「質」に関わっているのではないかという実感を語っていました。集団を画一的に動かすのではなく、一人ひとりを尊重した保育をしたいという思いを持ちながらも、実際にはそれがなかなか実現できないもどかしさも抱えていたそうです。理想と現実のギャップに一番悩んでいるのが、まさに中堅保育者だったというのは、とても納得できる結果でした。

「子どものためなら」という思いが現場を支えている

この論文の考察の中で、私が一番心に残ったのは、中堅保育者が抱く「子どものためなら」という気持ちについての指摘です。この思いがあるからこそ、厳しい配置基準の中でも最低限の質を保つことができている、という見方です。裏を返せば、この気持ちに頼りすぎている状態が、今の保育現場の綱渡りのような状況を支えてしまっているとも言えます。

論文の著者は、この「子どものためなら」という思いをもっと具体的な形にして現場や社会に還元していくことが、保育者だけに負担を寄りかからせない、無理のない形での質の向上につながるのではないか、と提案しています。運営に携わっていた人間としては、まさにここが一番大切な部分だと感じます。保育者の善意や熱意に頼るだけでなく、それを仕組みとしてどう支えていくかが、これからの課題なのだと思います。

現場から運営を経験した立場として思うこと

この研究は同じ法人内の9名に絞った調査であり、著者自身もそれを今後の課題として挙げています。保育観は人によって違いますから、法人が変われば、あるいは調査人数が増えれば、また違った景色が見えてくるはずです。それでも、園長・主任・中堅という異なる立場から見えている「配置基準」への感じ方の違いを丁寧にすくい上げたこの研究は、現場の実感に寄り添おうとする姿勢が伝わってくるものでした。

数字としての配置基準を変えることは、簡単ではありません。ですが、その数字の向こう側に、日々悩みながら子どもたちと向き合っている保育者一人ひとりの姿があることを、運営に関わる立場の人間こそ忘れてはいけないのだと、改めて感じさせられる論文でした。


出典:鈴木捺津美(2023年度)「『保育者1人あたりの子どもの数』を保育者はどのように捉えているのか――園の規模や保育者キャリアによる『保育の質』に着目して」桜花学園大学大学院人間文化研究科人間科学専攻修士論文要約、桜花学園大学保育学部研究紀要 第29号(2024年)

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