この記事のまとめ
- カナダの数学教育研究者リリヤドールが提唱した「Building Thinking Classrooms(BTC=考える教室)」を、インクルーシブ教育の視点で検討した論文を読みました
- 従来の授業では、本当に頭を使っている生徒は全体の約2割、考えている時間も授業の約2割という調査結果が出発点です
- BTCは、毎回ランダムな3人組、立ってホワイトボードで作業、先生は答えを教えすぎない、といった14の工夫でこれを変えようとします
- 良い点は、グループの固定化や「自分はできない」という思い込みが崩れやすいこと、間違いを気軽に消せて安心して試せること、これまで成功体験の少なかった子にも出番ができることです
- 一方で、刺激や変化が苦手な子への負担、基礎を丁寧に教わりたい子への配慮不足、結局「できる子」が仕切ってしまう問題も指摘されています
- 論文の結論は「万能薬ではない。14の型をそのまま当てはめず、目の前の子に合わせて先生が調整することが大切」というものでした
(参考:村田観弥「インクルーシブ教育における『BTC:Building Thinking Classrooms/考える教室』の可能性と課題」『立命館産業社会論集』第62巻第2号、2026年9月)
授業中、子どもは本当に「考えて」いるのか
中学1年生と小学2年生の子を持つ父親として、「学校で子どもたちはちゃんと考えているのかな」と思うことがあります。今回読んだ論文は、そこにかなり踏み込んだ内容でした。
出発点になっているのは、リリヤドールという先生が教室を観察して気づいたことです。生徒に問題を出すと、先生がそばにいる間だけ手を動かし、先生が離れると止まってしまう。しかも先生の側にも「生徒は自分からは考えないものだ」という思い込みがあったそうです。
調査では、伝統的な数学の授業で実際に考えている生徒は約2割、考えている時間も授業全体の約2割にとどまりました。残りの子たちは、サボる、時間を稼ぐ、考えているふりをする、先生の例題をそのまま真似る、のどれかをしている、というのです。
注目したのは、この状態を「子どもの能力ややる気の問題」とは捉えていない点です。教会、工場、刑務所をモデルに150年以上続いてきた学校の「型」、つまり全員が前を向き、先生が説明し、真似して練習する形が、子どもを考えなくていい状態にしてしまっている、という見方です。
14の工夫のうち、まず3つ
BTCは、この「型」を壊すために14の工夫を組み合わせた方法です。ただし全部を一度に始めるのではなく、まず次の3つから始めることが勧められています。
1つ目は、歯ごたえのある問題を出すことです。計算ドリルのような真似で済む問題ではなく、考えないと進めない問題を使います。最初の数週間は、教科とは関係のない面白い問題で「間違えてもいい」空気をつくるそうです。
2つ目は、毎回くじ引きのようにランダムに3人組をつくることです。仲良しグループや成績順の固定をなくし、「誰とでも一緒に考える」状態を目指します。
3つ目は、座らずに、壁のホワイトボードに立って書くことです。座って机に向かうと、人は「隠れる」ことができてしまいます。立って、みんなで1本のペンを使って書けば、誰がどう考えているかが見えます。書き間違えてもすぐ消せるので、気軽に試せます。
ほかにも、教室の「前」をなくす、「これで合ってますか?」という確認だけの質問には答えず「次に進むための質問」にだけ答える、宿題を点数をつけない自己チェックにする、授業のまとめは一番つまずいているグループに合わせて進める、といった工夫が並んでいます。
インクルーシブ教育との相性の良さ
論文が「相性がいい」と見ているのは、次のような点です。
まず、ランダムなグループ替えで、教室の見えない上下関係が薄まります。苦手な子が特定のグループに固定されて浮いてしまう、ということが起きにくくなります。
次に、授業のまとめを「一番時間のかかる子に合わせる」ので、置いていかれにくい設計になっています。グループがホワイトボードに書いた失敗の跡さえも、全員で結論をつくる材料として拾い上げます。
そして、ホワイトボードで安心して試せることで、「ピアの前でリスクを取っても大丈夫だと思えるようになった」という声が研究で報告されています。これまでの授業では成功体験を得にくかった子に出番が生まれた、という先生たちの評価もありました。
保育園で運営や採用に関わっていた頃から、子ども同士の関わりの中で「その子らしさ」が出る場面には何度も立ち会ってきました。多様な子が混ざることを「手間」ではなく「強み」と捉える設計思想には、強く共感します。
それでも見逃せない課題
ただ、この論文のいいところは、良いことばかりを書いていない点です。
刺激が苦手な子への負担。 立って動き回り、毎回メンバーが変わり、あちこちで話し声がする教室は、見通しや静けさ、決まったルーティンを必要とする子にとっては大きなストレスになりえます。先生がすぐに答えを教えてくれない状態が続くことも、見通しを持ちにくい子には強い不安になります。慣れてくれば落ち着くかもしれない、とは書かれていますが、慣れるまでの負担は無視できません。
「真似る」ことの価値。 BTCは「真似」を思考の放棄として否定的に見ますが、認知科学の立場からは、基礎がない状態で難しい課題を渡されると頭がいっぱいになって学べない、という批判があります。言葉やスポーツと同じように、真似は大事な第一歩だ、という指摘です。ただし論文は、この批判の出典が教育メディアの記事やエッセイであることも断った上で紹介しています。
結局「できる子」が仕切る問題。 ランダムに組んでも、知っている子がリーダー役になり、知らない子が黙ってしまう、という場面が研究で報告されています。くじ引きだけで平等になるわけではなく、先生が意図的に間に入る必要がありそうです。
実践する先生の側の課題
論文の後半では、実践する先生の側にも目を向けています。BTCを始めた先生の中には、仲間を巻き込んで深く変わった人もいれば、数回試して続かなかった人もいました。続かなかった理由は、教室の複雑さ(行動面で配慮が必要な子や、学びの抜けがある子)に加えて、ほかの研修や同僚の異動といった学校側の事情でした。
また、「難しい課題は成績のいい子向けで、計算練習のほうが優しい」という、先生自身の無意識の思い込みも指摘されています。支援が必要な子に簡単な課題ばかり渡すことが、かえって考える機会を奪ってしまっているかもしれない、という問いかけは、ドキッとしました。
読み終えて思ったこと
論文の結論は、BTCは万能薬ではなく、14の工夫を教条的に当てはめるのではなく、目の前の子に合わせて先生が柔軟に調整することが大切だ、というものでした。たとえば、疲れたら休める時間をつくる、ノイズキャンセリングイヤホンを使えるようにする、個人で考える時間を入れる、必要なところでは丁寧に教える、といった組み合わせが考えられています。
私は今、学びの多様化学校を運営する法人で働いています。一人ひとり違う子どもたちと向き合う中で、「この方法が正解」という型はないと日々感じています。だからこそ、この論文の「型を信じすぎず、目の前の子を見て調整する」という結論は、とても腑に落ちました。
BTCは、日本ではまだ研究が始まったばかりです。ただ、「子どもは考えない存在だ」という前提を疑い、全員に考える機会を保障しようとする問いかけそのものには、学校の外で子どもに関わる大人にも大きなヒントがあると思います。

