【この記事のまとめ】
- 子育ての悩みは、親の努力不足ではなく、核家族化・地域のつながりの薄れ・情報あふれる環境など「社会の変化」が背景にある
- 親が孤立すると、イライラや落ち込みが強まり、子どもとの関わりにも影響しやすい。親を支えることは子どもを守ることにつながる
- 支援で大切なのは、教えることよりも、まず責めずに話を聴くこと
- 家庭の状態は「グリーン・イエロー・レッド」の3段階で考えると、必要な支援が見えやすい。自分たちで乗り切れるうちも、しんどくなり始めたときも、深刻なときも、それぞれに合った関わりがある
- 障がいのある子もない子も同じ場所で育つ「統合保育」の考え方は、子どもたちみんなの育ちにつながる
- 保育者や支援者は「抱え込まず、つなぐ」役割。親が自分の力を取り戻すには時間がかかるので、長い目で見守ることが大切
親のしんどさは「自己責任」ではない
中学1年生と小学2年生の父親として、また保育の現場や学校運営に関わってきた者として、最近ずっと考えていることがあります。それは「親が一人で頑張りすぎていないか」ということです。
先日、筑紫女学園大学のクマール・スレンダー教授が書かれた論文「子ども家庭の現状における心理的支援の重要性」を読みました。保育や教育の現場にいる人間として、うなずくことの多い内容でしたので、ブログで紹介します。
昔と今で、子育ての環境はこんなに違う
論文はまず、子育てを取り巻く社会の変化を整理しています。
ひとつは核家族化です。昔は、身近に祖父母や親戚、ご近所さんがいて、子育ての相談相手や手伝ってくれる人が自然とそばにいました。いまは、初めて赤ちゃんを抱くのが自分の子どもという人も珍しくありません。転勤で知らない土地に来て、母親が一日中たった一人で子どもと向き合う。そんな状況が増えています。
もうひとつは少子化です。きょうだいの数が減り、近所で遊ぶ子どもも減りました。すると、小さな子の面倒を見たり、順番を待ったり、我慢したりする経験が、子ども時代に積みにくくなります。論文はこれを、次の世代が親になったときの育児への不安や負担感につながると指摘しています。「いたわる力」は、実は日常の中で少しずつ育つものなのだと気づかされます。
さらに情報化。スマホやテレビ、ゲームに長く触れるほど、外遊びや友達との遊びの時間は減ります。親にとっても、ネットで調べれば情報はいくらでも手に入りますが、「情報を知っていること」と「安心できること」は別物です。むしろ比べて不安が増えることもあります。
つまり、いま子育てがしんどく感じられるのは、親の頑張りが足りないからではありません。環境そのものが、親を孤立させやすくなっているのです。
「ちゃんと育てられているかな」は、多くの親が抱える不安
論文では「育児不安」について、こう説明されています。「ちゃんと育てられているか」「自分はよい母親か」という焦りや不安で、多くの母親が経験するものだと。泣き方や睡眠、食事の心配。きょうだいや他の子との比較。夫や周りに分かってもらえない孤独感。思い当たる方も多いのではないでしょうか。
ここで効果的なのが「共感的に話を聴く」ことだそうです。アドバイスや正解を伝えるのではなく、「そんなふうに感じて当然だよ」と気持ちを受け止める。「今の自分にできる一歩」を一緒に考える。そうした関わりが自己否定感をやわらげ、「話してもいいんだ」という安心感につながると、論文は述べています。
もうひとつ印象的だったのは、母親一人に「頑張れ」と言うのではなく、夫や家族、地域が一緒に支えることの大切さです。父親として、これは耳が痛くもあり、自分ごととして受け止めたい部分でもあります。ちなみに、この論文は「三歳児神話」(3歳までは母親が家でつきっきりで育てるべきという考え方)が広まった歴史にも触れています。時代とともに共働きが増え、男女で育児を分け合う方向へ見直しが進んできましたが、日本の男性の育児参加はまだ遅れているという指摘もあります。
家庭の状態を「信号」で考える
特に面白かったのが、家庭の状態を3つのゾーンで捉える考え方です。
グリーンゾーンは、自分たちの力で乗り切れる、あるいは困ったときに周りに助けを求められる状態です。ここで大切なのは予防的な支援で、子どもが安心して体を動かして遊べる場所があることや、親同士が「うちもこうなんだよね」と気軽に話せる場があることなどです。どんな親も、それぞれ工夫しながら子育てをしています。
イエローゾーンは、少ししんどくなってきて、このままだと問題が深刻になりそうな状態です。ここでは、保育者が親に「指導する」のではなく、対等な立場で話を聴くことが求められます。論文には、子どもに優しくできずに悩んでいたお母さんが、スタッフに気持ちを受け止めてもらううちに、本当の悩みは夫への不満だったと気づき、夫婦で話し合えるようになって自信を取り戻した、という例が紹介されています。
レッドゾーンは、虐待やDV、病気、貧困など、専門的で長期的な支援が必要な状態です。ここでは、保育者や支援者が一人で抱え込まないことが大切です。保健センターや児童相談所、病院など、適切な機関につなぐのが役割になります。
どのゾーンにいても、親が「自分でやれた」と思える経験を積み、結果ではなくプロセスを楽しめるようになることが大事だと、論文は強調しています。人が内側から変わるには時間がかかるので、焦らず長い目で付き合うことが必要です。
障がいのある子と、ない子が、同じ場所で育つということ
論文の後半は、障がいのある子どもの保育についてです。
障がいのある子の誕生は、家族にとって大きな出来事です。ショック、受け入れられない時期、怒りや悲しみ、向き合う時期、そして再び歩き出す時期。そうした心の動きがあるといいます。ある親御さんの「この子を支えて必死に歩んできたけれど、よく考えたら、私自身がこの子に支えられていた気がする」という言葉が紹介されていて、胸に残りました。
保育の現場では、障がいのある子もない子も同じ場所で一緒に過ごす「統合保育」が主流になっています。たとえば、車椅子の子が縄跳びを跳べなくても、縄をまたぐだけで「みんなと遊んだ」という気持ちが育つ。保育の目標や基本的な考え方は、障がいの有無で大きく変わらないそうです。砂遊び一つでも、感触を楽しむ子、移し替えを楽しむ子、何かに見立てる子がいます。それぞれの楽しみ方を大切にしながら、別の遊び方にもそっと誘ってみる。その積み重ねが、子ども全員の経験を広げるのだと思います。
また、クラスの子どもたちから「なぜAちゃんはお話しできないの?」と聞かれたとき、あいまいにせず、その子に合わせた言葉でありのままを伝えることが大切だとも書かれています。子どもは大人が思う以上に、本当のことを受け止める力を持っています。
学校の現場にいる者として思うこと
私が今関わっている学びの多様化学校でも、子どもの支援は、親御さんの支援と切り離せないと感じる場面があります。子どもが元気になるには、まず親御さんが「ここに来てよかった」「話を聴いてもらえた」と思えることが、大きな土台になります。
この論文が伝えていることは、突き詰めると、親を孤立させないこと、責めずに話を聴くこと、一人で抱え込ませずに地域でつながること、この3つに尽きると思います。特別なことではありません。挨拶を交わす、ちょっと話を聴く、気軽に集まれる場所がある。そんな小さなことの積み重ねが、親の心を軽くし、子どもを守ることにつながります。
「頑張れ」と言う前に、まず「最近どう?」と声をかけられる大人でありたいと、あらためて思いました。
参考:クマール・スレンダー「子ども家庭の現状における心理的支援の重要性―保育や教育を中心に―」筑紫女学園大学 人間文化研究所年報 第37号(2026年)

