「怖い人がそばにいる運動」は、脳の成長を止めてしまうかもしれない

論文

この記事のまとめ

  • 運動は脳の「記憶や学びをつかさどる部分(海馬)」で新しい神経細胞を増やす効果がある
  • 今回の研究では、発育期のマウスを「攻撃してくる個体がそばにいる環境」で走らせた
  • 軽い運動なのに、安心できる環境で走ったマウスと違い、ストレス反応が起きた
  • 安心な環境で走ったマウスでは新しい神経細胞が増えたが、攻撃個体がいる環境では増えなかった
  • 行動テスト(迷路や水泳)では差が出なかったので、「体の中で起きた変化が先に見えた」段階の結果
  • 研究者は、スポーツの現場での暴言・暴力・体罰をなくすことにつなげたいとしている
  • マウスの実験なので、人間にそのまま当てはまるとは言えない点には注意が必要

運動が「頭にいい」というのは、よく聞く話

「運動すると頭がよくなる」という話は、子育て中の親ならどこかで一度は耳にしたことがあると思います。実際、運動は脳の中で記憶や学習に深く関わる「海馬」という場所を元気にして、新しい神経細胞が生まれるのを助けることが知られています。心の病気の予防や、学力の向上にもつながるといわれています。

だから私たち親は、子どもに「体を動かしなさい」「習い事でスポーツをやらせようか」と考えます。

ところが、その運動の「中身」ではなく「環境」によって、せっかくの効果が消えてしまうかもしれない。そんな研究が、2026年8月に札幌で開かれた日本体育・スポーツ・健康学会の大会で発表されました。発表者は東京都立大学の西島壮さんです。

どんな実験だったのか

研究の背景には、スポーツ界からいまだに体罰がなくならない現実があります。怒鳴られたり叩かれたりするかもしれない状況でのスポーツは、子どもにとって大きなストレスです。それなら、運動の良い効果も損なわれてしまうのではないか。これが研究の出発点でした。

実験に使われたのは、成長期のマウスです。4つのグループに分けられました。

  1. 運動もせず、攻撃個体もいない
  2. 運動はするが、攻撃個体はいない
  3. 運動はしないが、攻撃個体がいる
  4. 運動をして、しかも攻撃個体がいる

ここでいう「攻撃個体」とは、繁殖を引退した体の大きなオスのマウスです。運動するマウスが走るベルトのすぐ後ろに、この攻撃的なマウスを置きました。つまり、走っているすぐ後ろに自分を攻撃してくる相手がいる状況です。人間でいえば、練習中にすぐ後ろで怖いコーチが睨んでいる、そんな状況に近いかもしれません。

運動の強さは、ゆったりとした軽いものでした。1日30分、週5回、これを4週間続けています。

見えてきたこと

結果は興味深いものでした。

まず、安心できる環境で走ったマウスは、海馬で新しく生まれた若い神経細胞が増えていました。運動の良い効果がきちんと出ていたということです。

ところが、攻撃個体がいる環境で走ったマウスでは、この増加がはっきりとは見られませんでした。同じ運動量なのに、です。

研究チームがこれまでに行った実験では、軽い運動なら本来ストレスは生じないはずなのに、攻撃個体がそばにいるとストレス反応が起きることもわかっていました。今回の結果は、そのストレスが運動の恩恵を打ち消してしまう可能性を示しています。

なお、迷路テストや強制水泳テストといった行動面の検査では、運動の効果も攻撃個体の影響も確認されませんでした。つまり「行動に出るほどの差」まではわからず、あくまで脳の組織レベルで見えた変化です。

私が感じたこと

この研究を読んで、私は「何をやるか」より「どんな空気の中でやるか」の大切さを改めて思いました。

私は以前、保育園で運営や採用を担当していました。いまは学びの多様化学校を運営する法人で働いています。そして家では、中学1年生と小学2年生の子を持つ父親です。

子どもを取り巻く現場を見てきて強く感じるのは、「安心できること」が学びや成長の土台になるということです。不登校や学校になじみにくい子どもたちと接していると、環境がその子にとって安全かどうかで、表情も意欲もまるで変わります。

今回の研究は、その感覚を、運動と脳という角度から裏づけるヒントをくれたように思います。

「運動させておけば大丈夫」ではない。その運動の場が、子どもにとって安心できる場所かどうか。ここを大人が見ておく必要がありそうです。

ただし、冷静に受け止めたいこと

大切なことなので、慎重になるべき点も書いておきます。

  • マウスの実験である:人間の子どもにそのまま当てはまるとは限りません。
  • 行動面の差は確認されていない:脳の組織で見えた変化が、実際の学力や心の健康にどう影響するかは、この発表だけではわかりません。
  • 学会での口頭発表である:論文として公開される前の段階の成果なので、今後の検証が必要です。

それでも、「暴言や暴力のある環境では運動の良い効果が弱まる可能性がある」という方向性は、私たち大人が子どもの環境を考えるうえで、頭の片隅に置いておく価値があると感じました。

子どもの「運動の場」を見直すヒント

では、親や周りの大人として何ができるでしょうか。難しいことではなく、日常でできる範囲で考えてみます。

  • 習い事や部活の様子を、ときどき見に行く。指導者の言葉づかいや、子どもの表情を見る
  • 「楽しかった?」「行くの、しんどくない?」と、気持ちを聞いてみる
  • 行きたがらない、体調を崩しやすい、といったサインを見逃さない
  • 「厳しさ」と「恐怖」は別物だと、大人が意識しておく

発表した西島さんも、この成果がスポーツ活動での暴言・暴力の防止、そして体罰の根絶に役立つことを願っておられます。私もまったく同じ思いです。

子どもが体を動かす時間が、体だけでなく心や脳にとっても「いい時間」になるように。その環境を整えるのは、私たち大人の役目だと思います。


参考:日本体育・スポーツ・健康学会 第76回大会 専門領域別研究発表(運動生理学)「攻撃個体存在下の運動は海馬神経新生を抑制する」西島壮(東京都立大学)、2026年8月31日発表

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