こどもの「食べる力」は、まわりの人との関わりで育つ ―最新の栄養教育研究から考える―

論文

この記事のまとめ

  • 乳幼児期は人生でいちばん成長がめざましい時期。だからこそ「まわりの環境づくり」が大事
  • 保育の環境は「ヒト・モノ・コト」の3つで考えられており、食事の場面にもそのまま当てはまる
  • 母親が「こどもとの食事を楽しい」と感じる一番の要因は、実は「こどもと遊ぶのが面白い」と感じられるかどうかだった
  • 「食べない・遊び食べをする」こと自体よりも、こどもの“今”を面白がれる大人の視点が支援のカギ
  • 偏食に悩む親子向けに、自己効力感(=「自分にもできそう」という気持ち)を育てる教材(パネルシアター)が開発され、好評だった
  • 誰かと食べる「共食」は、成長するにつれて場所も相手も広がっていく。小学生は給食、中学生は友達、高校生はさらに友人関係が中心に
  • 子どもの頃の家族との食事が楽しかった人は、大人になってからの食生活の満足度も高い傾向がある

先日、日本健康教育学会誌に掲載された特別報告を読みました。東京家政学院大学の會退友美先生による「こどもを取り巻く環境―ヒト・モノ・コト―と栄養教育に関する研究」という論文です。長年保育園の運営に携わってきた身として、うんうんと頷きながら読んだ内容だったので、今日はこの論文をかみ砕いて紹介したいと思います。

こどもの育ちを支えるのは「環境」

こども家庭庁が2023年に発表した「はじめの100か月の育ちビジョン」をご存じでしょうか。胎児期から就学前までのおよそ100か月、この期間にこどもは人生でもっとも著しい成長をとげます。そしてこのビジョンでは、こどもの育ちを支えるのは保護者や家庭だけではなく、社会全体でこどもを支えていく「こどもまんなか」社会の実現が掲げられています。

核家族化や共働き世帯の増加が進む今、家庭だけでこどもの育ちを支えるのは正直なところ難しくなってきています。保育園の現場にいた頃も、専門職や地域の人たちがどれだけこどもの環境づくりに関わってくれるかで、こどもの育ちの豊かさがずいぶん変わってくる実感がありました。

保育所保育指針では、保育の環境を「人的環境」「物理的環境」「自然や社会の事象」として捉えています。會退先生はこれを、食事の場面にあてはめて「ヒト・モノ・コト」という切り口で整理しています。一緒に食べる人(ヒト)、食べるもの・料理(モノ)、その場の雰囲気を含めた食事の経験そのもの(コト)。この3つが積み重なって、こどもの豊かな食経験がつくられていくというわけです。

お母さんが「食事の時間が楽しい」と感じる理由は何か

論文でとくに興味深かったのが、1歳児をもつ母親を対象にした調査です。千葉県内の保育所に通う保護者を対象に質問紙調査を行い、1,288人の母親の回答を分析したところ、こどもとの食事時間を「楽しい」と感じることに最も強く関連していたのは、「こどもと遊ぶのは面白い」と感じられるかどうかでした。

一方で、「自分で食べない」「遊び食べをする」といった、いわゆる“困った行動”は、食事を楽しいと感じることにマイナスに働いてはいたものの、その関連の強さは「遊びを面白がれるかどうか」ほどではありませんでした。

これはつまり、こどもが食べない・遊び食べをするという行動そのものよりも、大人がこどもの“今”をどう受け止めているかのほうが、食事の時間の満足度に大きく効いているということです。保育の現場でも、こどもの困った行動に目を向けすぎて疲弊してしまう保護者や保育者をたくさん見てきましたが、視点をちょっとずらして「今のこの子は何が面白いんだろう」と眺めてみることの大切さを、あらためて数字で裏付けてもらったような気がしました。

「食べない」に悩む親子のための教材開発

こどもが食べない、というのは本当に多くの保護者が抱える悩みです。平成27年度の乳幼児栄養調査によれば、こどもの食事で困っていることが「ない」と答えた母親は約2割にとどまるそうです。

會退先生は、こどもが食べない場面での母親の関わり方を捉える尺度(CMFBQ)を開発する中で、「行動技法」「親の期待」「禁止・報酬」「こども任せ」という関わり方のタイプを見出しました。とくに「行動技法」――過去に食べられたことを思い出させる、励ます、一緒に頑張ろうと声をかける、自分がおいしそうに食べて見せる、といった関わり方は、心理学の社会的認知理論でいうところの「自己効力感」、つまり「自分にもできそう」という気持ちを育てる働きかけとして説明できるといいます。

この考え方をもとに、幼児の偏食をテーマにした教材が開発されました。使われたのは絵本ではなく、集団で観てもらう「パネルシアター」という手法です。野菜が苦手な主人公が、母親との関わりを通じて野菜を食べられるようになる、というストーリーになっています。

幼稚園や児童館で実際に上演したところ、保護者からは「偏食へのプレッシャーが軽くなった」「日常生活に取り入れたい」といった前向きな声が多く寄せられ、なかでも「笑顔」を取り入れたいというコメントが目立ったそうです。人形の表情が大きく笑顔に変わる演出と、そこに「モデリング」という理論的な裏付けが添えられたことで、保護者の実践意欲がぐっと高まったのだろう、と考察されています。理屈だけでも、感情だけでもなく、両方がそろって初めて人の行動は変わっていくのだと、あらためて感じさせられるエピソードです。

「誰かと食べる」経験は、成長とともに広がっていく

論文の後半では、「共食」――誰かと一緒に食べる経験――に焦点が当てられています。日本健康教育学会の研究会が行った国内外の文献レビューでは、共食行動と精神的な健康状態のよさ、食事内容の健康度との関連を示す研究が数多く報告されていました。ただし国内の研究の多くは、ある一時点だけを見る横断研究にとどまっており、時間の経過を追った研究の蓄積がまだ十分ではないという課題も指摘されています。

さらに興味深いのは、栄養学専攻の大学生を対象に、小学生・中学生・高校生の頃の食事の思い出をふり返ってもらった調査です。小学生の頃は、ポジティブな記憶もネガティブな記憶も、学校給食にまつわるエピソードが中心でした。特別な日の食事や祖父母・親戚との食事は、良い思い出として語られることが多かったようです。中学生になると友達や部活動など学校生活に関する内容が増え、大人のいない場での友人との外食が増える一方、家で一人で食べる食事はネガティブな記憶として残りやすい傾向も見られました。そして高校生になると、友人との関わりを通じたポジティブな食経験の記述がさらに増えていったといいます。

家庭での食事、学校給食、そして地域での自由な食の選択。こどもが自立した食生活へと向かっていく過程で、関わる「ヒト」も食べる「モノ」も経験する「コト」も、少しずつ広がっていく様子がよくわかります。

まとめにかえて

論文の最後に紹介されていた、もう一つの研究も心に残りました。こどもの頃の家族との食事が楽しかったと感じている人ほど、大人になってからの食に関する満足度が高く、健康的な食生活を送っている傾向があるというものです。

保育の現場で長く働いてきて感じるのは、こどもにとっての「食べる」という経験は、単なる栄養摂取ではなく、信頼できる人とのあたたかいやりとりそのものだということです。今回の論文は、そのことを研究データとしてきちんと裏付けてくれるものでした。

こどもが野菜を残しても、遊び食べをしても、まずは「今のこの子」を面白がってみる。そんな視点の転換が、実は一番の栄養教育なのかもしれません。

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