この記事のまとめ
- 大分大学の教職大学院の先生方による論文を読みました。テーマは、「自分ならできる」という感覚(自己効力感)をめぐる、日本の研究の現状です
- 自尊感情(自分を肯定的に思える気持ち)は、小学生の頃は高く、中学・高校で下がり、18〜22歳で最も低くなるという海外の大規模調査があります
- 高校を中退する生徒の約3分の1は、「学校生活・学業への不適応」が理由です。問題行動が理由の中退は3.3%にとどまります
- 直近10年の心理学分野の論文36本を調べると、対象の8割以上が大学生以上で、高校生を対象にした研究はたった3本(8.3%)でした
- 「周りの人とつながる中で生まれる『私たちならできる』という感覚」の研究は、全体の13.9%でした。高校生を対象にしたものはゼロでした
- 著者らは、この「つながりの中の効力感」こそ高校生の研究に必要だと主張しています
「できる気がする」は、行動を変える力になる

「自己効力感」という言葉を聞いたことはありますか。むずかしそうですが、中身は「この場面で、自分はうまくやれそうだ」という信じる気持ちのことです。
心理学者のバンデューラは、人が動けるかどうかは、能力そのものより、この「やれそうだ」という見通しに大きく左右されると考えました。やれそうだと思えば成功する場面を思い描いて動き出し、無理そうだと思えば失敗する場面ばかりが浮かんで動けなくなります。
中学1年と小学2年の子を育てていると、これは実感としてよくわかります。同じ宿題でも、「やれそう」と思った日は自分から机に向かい、「どうせ無理」と思った日はとりかかる前に疲れてしまいます。
高校生の頃に、自信は一番揺らぐ

論文が高校生に注目する理由のひとつが、海外の大規模調査です。9歳から90歳まで約33万人に答えてもらった調査で、自分を肯定的に思う気持ちは、小学生くらいの世代では高いものの、13〜17歳で下がり、18〜22歳で人生のうち最も低くなっていました。
もうひとつ、数字で気になったのが高校の中退です。中退の理由のうち「問題行動」は3.3%しかなく、「学校生活・学業に合わない」が34.2%を占めます。問題が目に見える形になる前に、静かに学校から離れていく生徒が多いということです。
私は今、学びの多様化学校を運営する法人で働いています。「大きな問題が起きたわけではないのに、居場所がなくなっていく」という話は、日々の仕事の中でも身近に感じます。論文の数字はそれを裏づけているように見えました。
調べてみると、高校生の研究はほとんどなかった
著者らは、この10年の心理学系の論文を調べ、内容を確認できた36本を整理しました。結果は次のとおりです。
- 対象の約半数が大学生で、大学生以上を合わせると8割を超える
- 高校生が対象に入っているのは3本で、高校生だけを対象にしたのは1本
- 内容は英作文の指導から、子育て、キャリア、防災、介護まで18の領域に広がる
高校生の研究が少ない理由として、論文では、学校が忙しく調査への協力を得にくくなっていることが挙げられています。小学生や中学生の研究が少ないことも、同じ事情だと説明されています。
調べ方の傾向もわかりました。ほとんどの研究はアンケートで「あなたはどのくらい自信がありますか」と尋ねる方法をとっています。ただ、アンケートには「よく見せたい」気持ちが入りやすいという弱点があります。著者らは、気持ちを測るアンケートと、実際に何回やったか、どれくらい時間がかかったかといった行動の記録を組み合わせることを提案しています。
「私」だけでなく「私たち」の効力感

論文の中心にあるのは、日本らしい「ウェルビーイング」(心身と社会的な意味での良い状態)の考え方です。
国の審議会の答申では、ウェルビーイングを二つの面から捉えています。ひとつは、自分の力で何かを得て達成する面です。自己効力感はこちらにあたり、欧米的な価値観に近いとされます。もうひとつは、助け合いや協力、人とのつながりの中で感じる面です。日本では、こちらが大切にされてきたと言います。
そこで著者らは、「他の人や集団との関係の中で、私たちならこれができる」と思える感覚にも名前をつけ、研究の対象にすべきだと考えました。論文の中では次の二つに分けています。
- 関係効力感:友だちなど二人の間で、「二人でならやれる」と思える感覚
- 集団効力感:クラスや部活など、集団で「みんなでならやれる」と思える感覚
高校生の周りには、クラスにも部活にも仲のいい友だちにも、いくつもの人間関係があります。学校が合わなくなる原因を探るなら、「本人に自信があるか」だけでは足りず、「この仲間といれば、やれそうだ」と思えているかも見る必要がある、というのが論文の考えです。
ところが、この「つながりの中の効力感」を扱った研究は36本のうち5本(13.9%)で、高校生はゼロでした。
保育園で働いていた頃を思い出しました
元保育園の運営担当として読むと、ここはとても腑に落ちる部分でした。保育の現場では、子どもの「できた!」が、先生や友だちの存在に支えられて生まれる場面を何度も見てきました。ひとりでは尻込みしていた子が、友だちが隣にいるだけで踏み出せる。そういう光景です。
また、論文には保育士の「保育者効力感」の研究も出てきます。働く大人も、「自分はこの仕事でやれている」という感覚と、同僚に支えられている感覚の両方で成り立っています。採用や定着の仕事をしていた頃に感じていたことと重なりました。
大人は何に気をつければいいのか

論文は、自信を育てる手がかりとして、バンデューラが示した四つの源を挙げています。
- 自分でやってみて成功する体験
- 他の人がやるのを見て学ぶ体験
- 言葉での励まし
- 気持ちや体の状態の変化
高校生の研究では、言葉の励ましや成功の体験が効くことがわかっています。ただし著者らは注意も書いています。言葉で励ますだけで、成功しやすい条件を整えないと、失敗に終わって、かえって自信を下げることがあるのです。
「がんばれ」と言うだけでは足りず、「やってみたらできた」と思える場面を、周りの大人が用意してあげる。これは親にも、学校にも、地域にも言えることだと思いました。
読み終えて
この論文は文献を整理したもので、「こうすれば効力感が上がる」という答えを示したものではありません。著者らが示したのは、高校生と、つながりの中の効力感についての研究がまだ足りないという課題と、今後に必要な研究の方向性です。
それでも、「一人で自信をつける」という見方から「人との関係の中で自信が育つ」という見方へ視点を広げていることには、読んで考えさせられました。うちの子たちが高校生になる頃に、こうした研究が増えて、現場で使える知恵になっていたらいいなと思います。
参考論文
柳瀬維斗・長谷部英樹・内田昭利(2026)「日本における効力感研究の現状と課題―協調的要素の視点からの高校生を対象とする研究の必要性について―」『大分大学教育学部研究紀要』第48巻第1号

