この記事のまとめ
- 幼児の「イヤイヤ」に向き合った母親10人へのインタビュー研究を紹介します(勝山・塩﨑, 2026)
- 親の対応は「だんだん上手になる」直線ではなく、行ったり来たりしながら定まっていく
- 「望ましい対応」の知識は役に立つが、それにとらわれすぎると、目の前の子どもの気持ちが見えにくくなることもある
- 変化のきっかけは、子どもを「自分とは違う一人の人間」として見る視点だった
- イライラや恥ずかしさが強いと、親は子どもの気持ちを考える余裕を失う。まず必要なのは親の気持ちを落ち着かせること
- 保育士、パートナー、実の親など、「話を聴いてくれる人」の一言が気づきを生んでいた
「ちゃんとやっているのに、うまくいかない」
二人の子を育てていると、同じ声かけでも通じる日と通じない日があることに戸惑います。保育の現場にいた頃も、保護者の方から「家では全然言うことを聞かなくて」という相談をよく受けました。
今回紹介するのは、そんな「イヤイヤ期」の親の変化を丁寧に追いかけた研究です。2歳から4歳ごろの第一子を育てる母親10人に、60〜100分ほどのインタビューを行いました。「うまくいった対応」を探すのではなく、親の受け止め方や行動が日々どう揺れ、どう変わっていくかを描くことが目的です。
まず「正解っぽい対応」を試す。でも、効かない
どのお母さんも、最初は簡単な言葉で子どもを諭していました。そのあと、理由を説明する、別のやり方を教える、楽しいことで気をそらす、ごほうびで誘うなど、育児情報で知った「望ましいとされる対応」を重ねていきます。
それでも子どもが応じてくれない場面は必ず来ます。すると親には、イライラ、そして「周りから、ちゃんとしていない親だと思われていないか」という不安や恥ずかしさが生まれます。ある方は、周囲の視線が気になって「あの親子やばい」と思われないようにしなきゃ、という気持ちになったと語っています。
こうなると、つい怒る、命令する、無理やり従わせる、あるいはお菓子で手を打つといった対応が増えます。責められることではありません。親も人間ですし、予定も仕事も下の子のお世話もあります。
変化は「あとで振り返ったとき」に起きていた

研究で興味深いのは、気づきの多くが場面の最中ではなく、あとで振り返ったときに生まれていたことです。
ヘルメットをかぶりたがらない子の例があります。お母さんは、子どもがあご紐をずらしていることに気づいて理由を聞くと、「苦しい」と言われました。理由もなく嫌がっていたのではなく、本当に苦しかったのだと、あとでわかったのです。
別の方は、イライラした自分を振り返って、「自分の思い通りにならなくてイライラしていただけだ。子どもだって親の言う通りになるばかりではない」と思い直しました。
ただし、振り返れば必ず気づけるわけではありません。「あの子は私を困らせたくてやっている」「裏切られた」という解釈のまま、子どもの状態に目が向かなかった方もいます。その差を分けたものの一つが、次に述べる「他の人からの一言」でした。
気づきを後押ししたのは、周りの人の一言
6人のお母さんは、他の人の働きかけから子どもの状態に気づいていました。
- 実の父親から「子どもは自分とは別の人間だから、思い通りにならないからといって怒ってはいけない」と言われた
- 保育園の先生から「相手をあまり子どもだと思わず、なぜそれが駄目なのか、なぜ今できないのかを説明してみたら」と言われた
- 言葉の発達がゆっくりな子について、心理士に相談した
どれも、親を責める言葉ではなく、見方を少し変えるヒントになる言葉です。そしてこの一言が届くのは、お母さんがすでに「あとで振り返る」習慣を持っていたからだと、研究は指摘しています。
また、パートナーと育児の考え方が一致していて、子どもの主張に向き合う場面そのものが減った方もいました。変わるのは親の心の中だけではなく、家庭の分担や環境でもあるわけです。
鍵になったのは「子どもは自分とは違う存在だから、わからないこともある」
この研究が最も大切にしているのは、この気づきです。
多くのお母さんが、振り返りを重ねるうちに次のような考えにたどり着きました。
- 子どもの状態をよく理解することが必要だ
- うまく対応できないこともある
- 子どもは自分とは違う存在なのだから、わからないこともある
ここで大事なのは、「わかるようになる」ではなく、「わからないこともある」と受け入れていることです。子どもを自分の延長ではなく、一人の別の人間として見る。その視点を持つと、「なぜこの子は今こうなのだろう」と知りたくなり、待つ、聞く、ヒントを出す、主張が強まる原因を先に取り除くといった、柔軟な対応が増えていきました。
そして、うまくいく日といかない日があること自体は、最後まで変わりません。それでも「一貫していなくても、自分なりに意味づけができる」ようになったことで、対応がある程度定まっていったのです。親の迷いがなくなるのではなく、迷いながらでも進める状態になる、ということだと私は受け取りました。
「望ましい対応」は、使い方しだい
私が一番考えさせられたのは、「望ましいとされる対応」の位置づけです。
研究は、育児の知識を学ぶこと自体は否定していません。対応の引き出しが増えますから、むしろ大切です。ただ、「こうすべき」という気持ちが強すぎると、子どもが期待どおりに反応したか、泣きやんだかという結果ばかりに意識が向いてしまいます。そうなると、子どもが今何を感じ、何を考えているのかを見る余裕が削られてしまう。知識は答えではなく、目の前の子どもを読み解くための手がかりとして使うのがよい、というのが研究の見方です。
保育の現場でも、「正しい関わり方」を覚えた職員ほど、うまくいかないときに自分を責めてしまう場面を見てきました。知識と目の前の子どもの間を行き来できることが大切なのだと、あらためて思います。
支援する側に向けて、研究が示していること
研究は、周囲の支援について三つのことを示唆しています。
- 親の対応を直す前に、気持ちの落ち着きを支える。 強いイライラや恥ずかしさは、子どもの気持ちを考える力そのものを途切れさせます。「落ち着いているときのあなたなら、もっと良い選択ができる人だ」という肯定的なメッセージとともに、気持ちの調整を助けることが大切です。
- 知識は、状況に合わせて伝える。 一般論を押しつけず、その子とその場面に即して伝える必要があります。
- すぐに解決しない悩みには、寄り添う人が必要。 話を聴き続け、ときにヒントになる一言を添える。地域の子育て支援の場には、そのための場と時間が求められます。
読むときに気をつけたいこと
この研究は10人の語りを深く分析したもので、「こうすれば必ずうまくいく」と示すものではありません。協力者は全員母親で、第一子について語ってもらっています。インタビュー自体が振り返りを促した可能性があることも、著者自身が限界として挙げています。父親や、周囲の支えを得にくい家庭では、また違う道筋があるかもしれません。
おわりに
子育ての場面を完璧にこなす必要はありません。うまくいかない日があり、イライラして後悔する日もある。それでも、あとで「あの子は何が嫌だったんだろう」と振り返る。その小さな繰り返しが、親の変化を支えているのだと、この研究は教えてくれます。
そして、そんな親のそばに、責めずに話を聴いてくれる誰かがいること。保育園や学校、地域の施設に関わる者として、その「誰か」になれているかを自分にも問い直したいと思いました。
【参考文献】
勝山幸・塩﨑尚美(2026)「幼児の自己主張場面における母親の対応の変容プロセス:親の省察機能との関連から」『TEAと質的探究』第4巻第2号, 129–144.


