デンマークは保育の「お手本」なのに、なぜ保育士が足りないのか

働き方

この記事のまとめ

  • 北欧の保育は理想視されがちだが、デンマークでも今、保育士の人手不足が深刻になっている
  • デンマークでは、保育士の給料は「労働組合と自治体側の話し合い」で決まり、その結果が国から自治体へのお金の配分にもつながる仕組みがある
  • 2024年から「保育士1人あたりの子どもの数」が法律で決まり、これが人手不足の大きなきっかけになった
  • 背景には、都市への人口集中などで自治体間の格差が広がり、これまで見過ごされてきた保育の「ばらつき」が問題になったことがある
  • 保育士を目指す学生は減っていて、保育士の確保が追いついていない
  • 日本はデンマークとは前提が違うので、制度をそのまま真似するのは難しい。ただ、比べることで見えてくる課題は多い

「北欧の保育は進んでいる」だけでは終わらない

「北欧は保育が手厚い」というイメージを持っている方は多いと思います。私もその一人でした。ところが、お手本のように言われるデンマークでも、保育士不足が大きな問題になっています。

今回紹介するのは、明治大学の倉地真太郎先生による論文です。副題には「協調・合意システムと給与待遇の財源保障の関係」とあり、少し難しそうに見えますが、言っていることはとても身近です。保育士の給料や人数を、社会はどうやって支えているのかという話です。

保育園の運営や採用に長く関わってきた立場からすると、これは他人事ではありません。日本の保育現場も「人が足りない」「待遇が低い」と言われ続けているからです。

デンマークの保育士の給料は「話し合い」で決まる

デンマークの保育は、日本でいう市区町村にあたる自治体の仕事です。意外なことに、保育料は完全無料ではありません。世帯の所得に応じて決まり、所得が低ければ無料になります。

特徴的なのは、保育士の給料の決まり方です。国が一律に決めるのでも、園が個別に決めるのでもありません。保育士(デンマークでは「ペタゴー」という専門資格を持つ人たち)の労働組合と、自治体側の代表が交渉して決めます。

交渉の結果は、国と自治体の代表が毎年話し合って決める「国から自治体へのお金の総枠」にも反映されます。つまり、現場の声を受けた組合の交渉が、自治体の財布の大きさにまでつながるようにできているのです。

しかもこのお金は「保育専用」と決められたものではなく、自治体が自由に使い道を決められる財源が中心です。国が細かく縛らなくても、自治体が自分たちで豊かな保育を実現できる。これがデンマークの強みでした。

それでも人が足りなくなった理由

それなのに、なぜ人手不足が起きたのでしょうか。論文が挙げる最大のきっかけは、2024年から始まった「配置基準」の法律化です。0〜2歳は保育士1人につき子ども3人まで、3〜5歳は6人までと、全国共通の最低ラインが法律で決まりました。

実はそれまでのデンマークには、日本のような配置基準の法律がありませんでした。それでも問題が目立たなかったのは、自治体の財源が豊かで、多くの園が自主的に手厚い人数をそろえていたからです。園や自治体ごとにばらつきがあっても、それは「個性」として受け止められていました。

ところが、状況が変わります。不動産バブル崩壊後の2010年代以降、首都コペンハーゲンに人も資本も集中しました。一方で地方は高齢化が進み、財政が苦しくなっていきます。地域の格差が広がるなかで、保育の「ばらつき」は見過ごせない問題になりました。そこで国が全国共通の最低基準を決めたのです。

基準を満たすには、一気に保育士を増やさなければなりません。ところが保育士を目指す学生は近年減っていて、供給が追いつきません。保育士の社会的な地位が下がってきたことも、以前から指摘されていました。不登校や外国にルーツを持つ子どもなど、保育や教育のニーズが多様で複雑になるなか、必要な人数だけが増えていったのです。

その結果、人手不足が起き、保育士を確保するための費用がかさみ、保護者の保育料負担が過去10年で最大の伸びを示すところまで来ています。保護者からは批判の声も上がっています。

労働組合は「お金の使われ方」まで見ている

論文で印象的だったのは、保育士の労働組合の役割です。デンマークの組合は、給料の交渉をするだけではありません。各自治体の予算が、保育士の配置に必要な額を確保できているかを監視しています。足りていない自治体には、指摘して修正を促します。

実際、財政が厳しくなって保育関連の支出を削った自治体もありました。その自治体に歯止めをかけたのが、現場の専門職の組織だったわけです。

こうした努力もあり、保育士1人あたりの子どもの数は全体として大きく改善しました。2022年度時点で、0〜2歳の園の72%、3〜5歳の園の73%が基準を満たしています。ただ、これは「あと少し」の段階でもあります。

日本とどう違うのか

日本は、自治体ごとの財政力の差が大きく、最低限の保育すら自力では支えられない自治体も少なくありません。そのため、全国一律の基準を決め、国がそれに合わせて細かくお金を保障する仕組みを作ってきました。デンマークのように、豊かな自主財源と、労使が大きな枠で合意する文化があって初めて成り立つ仕組みを、そのまま持ち込むのは難しいと論文は述べています。

もうひとつ、考えさせられた点があります。デンマークには、日本のような延長保育も、ベビーシッター利用への補助もほとんどありません。共働きで余裕のある家庭は、保育所だけでは回らず、海外から来た住み込みの家事・育児労働者(オペア)に頼ることになります。この人たちは組合による待遇の保障が弱く、不安定な立場に置かれています。公立保育所の保育士という「中心」と、オペアという「周辺」の間に、はっきりした差があるのです。

では日本はどうかというと、都市部の自治体を中心に子育て支援の裾野は広いものの、その多様なサービスの担い手は、パートタイムなど賃金の低い女性の労働力に支えられています。論文は、これはジェンダー平等が進んだデンマークには当てはまらない仕組みだと指摘しています。

読んで感じたこと

この論文を読んで、保育の「質」は、園や保育士個人の頑張りだけでは決まらないのだと改めて感じました。誰が給料を決めるのか、そのお金をどこが保障するのか、現場の声はどこまで届くのか。こうした仕組みそのものが、保育の質を左右します。

デンマークほど恵まれた国でも、制度が変われば人手不足は起きます。大切なのは、保育士が「足りない」と声を上げたときに、それを数字や予算に変えていける仕組みがあるかどうかだと思います。デンマークの組合は、まさにその役割を果たしていました。

日本の現場でも、保育士の給料を上げることと、配置基準を見直すことは、どちらか一方では済まない両輪です。そして子育て当事者の一人としては、保護者の負担だけが増える形にならないことを願うばかりです。


参考文献:倉地真太郎「デンマークで保育士の人手不足が起こる理由―協調・合意システムと給与待遇の財源保障の関係―」『生活経済政策』2024年3月号(No.326)、生活経済政策研究所

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