「就業すれば自立できる」という前提を、いま一度考えてみる ―ひとり親家庭の就業支援10年の検証から

論文

まとめ

  • 2014年に厚生労働省が示した「ひとり親家庭の就業支援における3つの課題」(①就職できない人が多い ②非正規雇用で収入が低い ③資格取得と子育ての両立が難しい)について、約10年後の政府統計で改善状況を検証した研究を紹介します
  • 就業率・正規雇用率・平均所得はいずれも上昇し、数字の上では「改善した」と言える結果でした
  • しかし就業支援制度そのものの認知度・利用率はほとんど上がっておらず、多くの人は制度を使わずに就職していました
  • 「経済的自立」の基準(年収360万円程度)で見直すと、就業している母親の8割以上、父親の4割以上がいまだ自立できていないという、別の顔が見えてきます
  • 論文は最後に、「自立」を個人の到達目標とすること自体を問い直し、人はもともと誰かに頼らずには生きられない存在だという視点を投げかけています

保育園の運営に長く携わっていると、送迎の時間にふと漏れる保護者のひと言に、その家庭の忙しさや事情が透けて見える瞬間があります。特にひとり親のご家庭は、仕事と子育てを一人で回している分、余裕のなさが如実に表れやすいものでした。今日は、そんな現場感覚とも重なる、ひとり親家庭への就業支援をテーマにした学術論文を読んだので、皆さんにもご紹介したいと思います。

九州大学の加峯奈々氏による論文で、テーマは「ひとり親家庭への就業支援制度における課題再考」。2014年に厚生労働省がまとめた「ひとり親家庭の支援について」という報告書の中で指摘された3つの課題――

  1. 就業を希望しても就職できない人が多い
  2. 非正規雇用の人が多く、稼げる所得が少ない
  3. 資格取得は就業・転職に有効だが、訓練と子育ての両立が難しい

――について、それから10年が経ったいま、政府統計をもとに「本当に改善したのか」を検証したものです。

数字だけを見れば、たしかに良くなっている

まず就業率について。2021年時点で母子家庭の母親の就業率は86.3%となり、2013年から5.7ポイント上昇しました(一方で父子家庭の父親の就業率はやや低下しています)。正規雇用の割合も、母親で42.1%(10.6ポイント上昇)、父親で62.0%(0.8ポイント上昇)と伸びており、稼働所得の平均額も母親で236万円、父親で496万円と、いずれも2013年より増えています。相対的貧困率も54.6%から44.5%へと10ポイント以上下がりました。

こうした数字だけを追うと、「ひとり親家庭の就業支援はうまくいっている」と評価してよさそうに見えます。実際、論文でもこの3つの課題については、少なくとも表面的には改善が見られたと結論づけています。

でも、支援制度そのものは使われていない

ここで興味深いのは、就業支援制度の認知度や利用率が、この10年でほとんど変わっていないという点です。ひとり親を対象にした就業相談や情報提供の窓口はありますが、その利用率はほぼ横ばい。むしろ、職業紹介を伴わない相談・情報提供だけの事業では、就業につながった割合はむしろ下がっていました。

つまり、就業率が上がった理由は「公的な支援制度がうまく機能したから」ではなさそうだ、ということです。論文で紹介されている別の調査では、無職期間中の母親たちに「どうやって仕事を見つけたか」を尋ねたところ、全員が友人の紹介や新聞・雑誌といった、公的支援を介さない方法で就業していたそうです。制度は用意されているけれど、実際に頼りにされているのは友人や知人のネットワークだった、というのは、保育の現場で保護者の方々を見てきた身としても、妙に納得のいく話でした。

「自立」の基準で測り直すと、景色が変わる

この論文がもっとも力を入れているのは、「経済的自立」という言葉の中身を問い直す部分です。

そもそも公的な就業支援の目的は「就業によるひとり親家庭の経済的自立」にあります。では、いくら稼げば「自立した」と言えるのでしょうか。論文では、児童扶養手当の所得制限限度額である年収360万円前後を、行政が想定する「自立」のラインとして採用しています。

この基準で改めて数字を見ると、印象がガラッと変わります。就業している母親のうち84.9%が、就業している父親のうち44.5%が、実はこの「自立ライン」に届いていないのです。正規雇用の割合は母親で42.1%まで伸びているにもかかわらず、正規職員であることと経済的に自立していることは、まったくイコールではないということが浮かび上がってきます。

つまり、「就職できた」「正社員になれた」という一つひとつの前進は本当に喜ばしいことなのですが、それがそのまま「自立できた」という結果に直結しているわけではない、という現実があるわけです。

「自立」という言葉そのものを、いったん脇に置いてみる

論文の終盤では、さらに踏み込んだ問いが投げかけられます。国会での議論を振り返ると、手当を受け取りながら生活をやりくりすることも、ある種の「自立」の形なのではないか、という指摘が過去にもあったそうです。就労による所得だけを自立の物差しにしてしまうと、養育費や遺族年金などで生活が成り立っている家庭が「ふたり親家庭と同じ」とみなされて、ひとり親ならではの困難への支援から外れてしまう、という問題も指摘されています。

さらに論文は、フェミニズム法理論のマーサ・ファインマンの議論を引きながら、そもそも人間は誰しも、子ども時代や老い、病気や障害を通じて、必ず誰かに頼らざるを得ない場面があるということを述べます。家族というものは、そうした「頼らざるを得なさ」を受け止める役割を担ってきたのであり、ひとり親家庭が抱える困難は、個人の努力不足として片付けるものではなく、社会の仕組みの側の問題として捉え直す必要がある、というのが論文の結論です。

保育の現場からふりかえって思うこと

保育園の運営に携わっていた頃、ひとり親のご家庭には「大丈夫です、頑張っています」と気丈に振る舞う保護者の方が多かったように思います。でも、その「頑張り」を支える制度が、実はあまり使われていない、あるいは使いにくい――というこの論文の指摘は、当時見聞きしていた保護者の様子と重なる部分が多くありました。

就業率や正社員率といった「わかりやすい指標」の裏側にどんな暮らしがあるのか。支援する側にいた人間として、数字の向こう側を見る視点を、これからも持ち続けたいと感じさせられる論文でした。

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