保育の“評価”について、私たちはどれだけ知っているだろう? ──保育園を選ぶとき、考えてみたい「第三者評価」のこと

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静かな午後、保育園を探すあなたへ。
スマートフォンの画面越しに見る「第三者評価」は、果たしてどこまで信じていいものなのでしょうか?
今回のテーマは、福祉サービス第三者評価制度。保育の質、子どもの育ちとの関係性を、最新の研究とともに紐解いていきます。

1.静かな午後に、保育園を探すということ

晴れた日の午後、駅前のカフェで温かいコーヒーを飲みながら、スマートフォンで「○○区 保育園 評判」と検索する。
あなたはそんな時間を過ごしたことがあるかもしれません。あるいは、これから過ごすのかもしれません。

子どもに合う保育園を探すというのは、とても真剣な、でもときにどうしようもなく不安になる作業です。どこにどんな先生がいて、どんな毎日が送られているのか、見学だけではわからないことがあまりに多い。だから、私たちは「評価」という言葉にすがります。

——「第三者評価:受審済み」「保護者満足度:95%」
そう書かれていると、少しだけ安心できる。少なくとも、何かの目がその保育園を見てくれているんだ、と思えるからです。

けれど、ここで立ち止まってみましょう。
その「第三者評価」って、そもそもどんな仕組みで、何を評価しているのでしょうか?
そして、その結果は本当に、保育の質や子どもの成長とつながっているのでしょうか?

今日のお話は、そんな疑問を出発点にしています。
少し長くなりますが、よかったら、お付き合いください。

 

2.「第三者評価」という仕組みについて知る

福祉サービス第三者評価制度というのは、社会福祉法をもとに始まった制度です。
福祉サービスを提供する施設——つまり保育園や老人ホーム、障害者支援施設などが、外部の専門機関によって評価され、その内容が公開される。目的は、サービスの質を高めることと、利用者が施設を選びやすくすることにあります。

保育園の場合、都道府県によって多少の違いはありますが、東京都ではかなり熱心にこの評価を進めています。事実、全国と比べて第三者評価の受審率が高いのも東京都の特徴です。

評価は、いくつかの共通項目(たとえば安全対策、職員の研修、保護者との連携など)に沿って行われ、さらに在園児の保護者を対象としたアンケート調査も行われます。

では、この仕組みによって「保育の質」は本当に見えるようになっているのでしょうか?

 第三者評価の主な評価項目(東京都)

分類内容
利用者への説明責任サービス内容の丁寧な説明が行われているか
プライバシーの保護個人情報の管理が適切か
安全対策緊急時対応、事故予防の体制
職員の専門性定期研修や資質向上への取組み
苦情解決の仕組み苦情受付・対応の透明性
保護者との連携意見交換や保育参画の体制

こうした項目ごとに、第三者機関が書類・面接・現場観察などを通じて評価を行います。
また、保護者アンケートの結果も加味されます。

3.「満点の評価」が意味すること

この問いに対して、藤澤啓子さん(慶應義塾大学)、杉田壮一朗さん、深井太洋さん(筑波大学)、中室牧子さん(教育経済学者)たちの研究チームが丁寧な検証を行いました。

彼らは、東京都で実施された保育園の第三者評価のデータを分析しました。そこで浮かび上がったのは、少し驚くような事実です。

——評価された保育園のほとんどが、共通評価項目において「満点」だったのです。

また、保護者アンケートの結果も非常に肯定的で、ほぼすべての質問において高評価が並びました。
まるで、「みんな優秀」「みんな素晴らしい」という評価結果。

でも、本当にすべての園が同じくらい質が高いのでしょうか?
いや、逆に言えば、評価だけでは違いが見えてこないのではないでしょうか?

 

4.「保育の質」を見つける別の物差し

研究チームはさらに、もうひとつ別の物差しを使って保育の質を見ようとしました。
それが、「保育環境調査スケール(ECERS-3)」と呼ばれる国際的な評価ツールです。

これは、保育環境(遊びの内容、言葉がけ、活動の構成、衛生状態など)を細かく点検し、保育の質を定量的に把握できるように作られた尺度です。学術的な研究でも、これを使った評価結果は、子どもの発育や就学後の学力と関連していることが確認されています。

 ECERS-3の主な評価領域

領域名内容例
空間と家具採光、家具の配置、安全性
日常のルーチン食事・排泄・衛生・移行時間の過ごし方
言葉と読書絵本の種類、語りかけの頻度
学習活動自由遊び、創作、科学的活動の有無
交流と人間関係子ども同士や保育士との関係性
教師の関わり個別対応、感情面のサポート

ところが、驚くべきことに——
第三者評価とこのECERS-3との間には、なんの相関も見つからなかったのです。

つまり、第三者評価が高いからといって、その保育園の保育の質が高いとは限らない。
そして、子どもの発育にも直接的な影響は確認されなかったということです。

5.なぜ「差」が見えないのか?

では、なぜこんなことが起こるのでしょうか?
なぜ評価が「差を見せないもの」になってしまっているのでしょうか?

理由のひとつは、評価項目がとても“無難”に設定されていること。
たとえば、「保護者との連携に努めているか」と問われれば、ほとんどの保育園が「はい」と答えるでしょうし、それを確認するのも難しい。

また、評価する人(評価者)も、チェックリストに沿って書類や保育室の様子を確認するのみで、細かな「質の違い」まで見分ける訓練はされていないことも多いのです。

結果として、現状の第三者評価は、保育園の努力を否定するものではありませんが、「どこでも同じに見える」ような評価になってしまっている。これは、利用者である保護者にとっても、園の質を高めたいと願う保育士にとっても、大きな損失だと思います。

 

6.それでも、希望はある

もちろん、この制度をやめてしまおうという話ではありません。
むしろ、この制度が「本当の意味での保育の質」を見えるように進化すれば、それは大きな希望になります。

たとえば、ECERS-3のような科学的な評価ツールを一部取り入れたり、評価者の研修をより実践的なものにしたり、項目を「努力目標」ではなく「結果」ベースに見直したり。

こうした工夫が加われば、保育園ごとの強みや課題がもっとはっきりと見えるようになります。
そして、その評価をもとに園自身が改善を重ね、より良い保育環境をつくっていける。

保護者も、「この園はこういう保育を大切にしている」と納得して選ぶことができる。
保育士も、自分たちの専門性がちゃんと評価されると、もっと誇りを持って働ける。

そのためには、私たち一人ひとりが「評価とは何か?」を考え直すことが、第一歩なのかもしれません。

今後の評価制度改善の方向性(提案)

課題改善の方向
項目の抽象性結果や成果に基づく具体的な評価へ
評価者の訓練不足専門的な観察トレーニングの導入
保護者の主観的満足客観的な保育観察とのバランス強化
結果の透明性データのオープン化と比較のしやすさ

7.保護者のあなたへ、保育士のあなたへ

この文章を読んでくださっているあなたが、もしかしたら保護者だったり、保育士だったりするなら、最後にひとつだけ、お伝えしたいことがあります。

評価というのは、本来、人を傷つけるためのものではありません。
「ここが足りない」と言うためのものではなく、「もっと良くできるかもしれない」と気づくためのきっかけです。

だから、どんな制度も、その中身や運用が「誰のためにあるのか?」を忘れてはいけません。
保育の評価ならば、それは子どもの育ちのためにあるべきです。
子どもが心地よく、安心して過ごせる時間と空間のために。

保護者も、保育士も、そして子どもたちも、もっと笑顔で過ごせるように。
評価という名の道具が、そのためにちゃんと働いてくれるように。
それを願って、私はこの文章を書きました。

 

おわりに

保育園を選ぶとき、評価はひとつの目安になります。
でも、それだけを頼りにせず、園の空気や先生の声、子どもたちの表情を見てほしいと思います。
そして、制度の背景にある問題点や可能性についても、少しだけ思いを巡らせてみてください。

きっとそこには、数字では測れない「大切なもの」があるはずです。

 

この記事が、あなたの保育園選びや保育のあり方を考えるひとつの手がかりになれば嬉しいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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